【Nov_08】吉祥寺シアター


青年団公演
「もう風も吹かない」
作・演出:平田オリザ

1ドル420円という日本政府の財政破綻によって、JICA海外青年協力隊の活動停止が決定…という状況の中、
最後の派遣隊員となる青年たちの訓練所におけるその侘しく切なく不安満載の生活を描くことで、
人間が人間を助けることの可能性と本質を探る青春群像劇。

2003年の初演では演じるほうも観るほうも、202X年という設定を楽しむ余裕もあったと思うけど、
8年ぶりの現代におけるその舞台はリアルに地続きで、
その諦観・絶望感は終演後の舞台と客席とで暫くの間、救われない空気として停滞するものがあった。

初演時のオリザの言葉が、ずっしりとのしかかる。

   私は、ここ10年ほど、日本は滅びるという妄想に取り憑かれ、そのような作品ばかりを多く書いている。
   海外での仕事が増えるにつれ、この妄想は、ほとんど確信へとかわり、
   今年は、「南島俘虜記」「もう風も吹かない」と、共に、行き場の無い日本を描く作品を書くに至った。

   学生には授業でも言い続けてきたことだが、この滅びの時にあたって、私たちが考えなければならないことが二つある。

   一つは、先回の大日本帝国の滅亡の時のように他国に迷惑をかけることなく、
   どうにか潔く滅びることはできないものかということ。このことは、珍しく、今回の戯曲の中にもセリフとして書いた。

   もう一つは、たとえ日本国が滅びても、私たち一人ひとりも、その一人ひとりが形成する地域の文化も、
   国家の巻き添えになって滅びる必要は露ほどもない…ということだ。

   経済と物質を唯一至上の価値とするようなこの国は滅びてしまってかまわない。
   人の心を一つの型に押し込み、そこから外れたものを汚物のように忌み嫌うような社会は、滅びてしまってかまわない。

   演劇を作るという行為を通じて、個々人が自分の頭と心と身体で、何かを感じ取り、考え続けること。
   そして、そこから得た結果を自分の判断として、責任を持って他者に向かって表現していくこと。
   その表現の孤独に耐えること。私が大学で教えられることがあるとすれば、たぶん、そんなことくらいだろう。

【キミの将来のことは、ボクには関係ない】…と教え子の藤田貴大氏は学生時代オリザさんに言われたらしいが、
この「もう風も吹かない」に描かれている海外青年協力隊訓練生たちも、国から見放される…という絶望感の中でも、
海外に赴きコトを成し遂げようとする前向きさでもって、前途を果敢に切り開こうとしている。

2013年という絶望的な時代の中にあっても、個々人が自分の頭と心と身体で、何かを感じ取り、考え続けること。

一人ひとりが己の孤独に対峙すること。足元をしっかりと固める行為が連なって初めて、
「滅びゆく国家」を転覆させ再生させる底力へとつながるのではないか…と、思いを新たにした公演だった。

追加公演あり。席まだまだ余裕あるようです。ぜひ!

【Aug_05】世界一すてきな僕たち私たち


世界一すてきな僕たち私たち

江東区の発達障碍を抱える子どもたちの放課後施設「こぴあクラブ」で
日々自身と格闘しながらも成長をする自閉症の子どもたちの3年間を記録したドキュメンタリー。

漠然と「自閉症」を理解したつもりでいたのだけど、この映画で認識を新たにした。

自閉症の子どもたちは、未来を予測することができない。
あらかじめ予定していたスケジュールや行き先が、何かの都合で変更になったり、
不意の出来事で日常の営みが崩れてしまうと、その不可視な先行きを受け入れなくなり、
パニック状態へと陥ってしまう。

そして、重度の障碍をもつ「こぴあクラブ」の子どもたちは、
その不安な心持ちを言葉にすることができない。
言葉に出来ない…とは、アタマで理解することが出来ないと同義。

つまり、感情の突発的な乱れに為す術が、ない…のだ。

しかし、彼らが決して閉塞的で変化を求めない…かというと、それは大きな誤解なのだ。
これが、今回映画を観て、大きく心揺さぶられたところ。

彼らは、決してその不可視な先行きに心を閉ざしているのではなく、
その新たな展開に対して、自分をどのように適応させていこうか…と藻掻いているだけなのだ。

健常者における異国体験に近い。

すぐさま異国の食事に馴れる人もいれば、いつまでも抵抗する人がいる…のと同じ。
その未開の状況をどのように呑み込もうか、どのように受け入れようか、
自閉症の子どもたちは、その適応度合いが極端に遅いだけなのだ…と。

この映画で、自閉症の子どもたちは、自分を新地に適応させようと、アタマと身体をフルオープンさせていた。
そう、「自閉」ではなく、「自開」。
その苦悶は、彼らなりのがんばりの証だったのだ。

「自閉症」と名づけ、いかに自分たちが都合良く彼らを丸め込んでいたか、自省するしかなかった。
この映画を観なかったら、完全に見過ごしていた、大いなる誤解。

人と人との理解の隔たり。思えば、世の中、そんなことばかりだ。
どれだけ相手に寄り添うことができるか、それが今後のカギなのだ…と、この映画は教えてくれた。