きこえていてはくれぬだろうか わたしのほねのみみに


ギニア生まれのジェンベプレイヤー、Lamine “YOUL” DIABATEの
アフリカ帰りwelcomeパーティに顔を出してきた。

YOULの帰りを祝って、
アフリカンダンスが激しく披露され、
さまざまなアーティストがゆかりの唄を歌う。

その中で、小嶋さちほさんがハーブ片手に
どんとの「波」をソロで歌った。

   波に抱かれて 島の唄を唄えば 
   ホロホロ涙がこぼれおちる

   ここはお国か 波の音もなくて
   叫んでみたけど 届かぬ想い

   お~い お~い お~い お~い 波~
   お~い お~い お~い お~い また
   お~い お~い お~い お~い 波~
   
   答えておくれ

どんとは今年7回忌。
95年に沖縄に移住して、2000年1月28日にハワイで亡くなられるまで
ゆるりとした沖縄の生活を堪能されていたようだ。
「波」はそんな生活から生まれた曲。

ボクが沖縄に来たのが98年だから、2年間の接点があった。
実際、泊港でのさちほさんとのライブや、カレー屋でのニアミスなど、
意外と身近にどんとを感じていた。

振り返ってみれば、ボクが美大受験生の時にローザ・ルクセンブルクの存在を知り、
ボ・ガンボス時代は中野サンプラザまで足を運んだりしていたので、
どんととは、何かしらの縁があったように、思う。

こうやって今、さちほさんがハーブ一本で
「波」をろうろうと歌っているのを見ると、
どんとの魂は、しっかり受け継がれているのだな…と感じる。

谷川俊太郎が書く。

   かわりにしんでくれるひとがいないので
   わたしはじぶんでしなねばならない
   だれのほねでもない
   わたしはわたしのほねになる
   かなしみ

   かわのながれ
   ひとびとのおしゃべり
   あさつゆにぬれたくものす
   そのどれひとつとして
   わたしはたずさえてゆくことができない
   せめてすきなうただけは
   きこえていてはくれぬだろうか
   わたしのほねのみみに

       (死と炎/“ポール・クレーの絵による「絵本」のために”より)

さちほさんの歌声が、しっかり
どんとの耳に届いた…素敵なひとときだった。

沖縄ヲ思フ/BEGIN“島人ぬ宝”

3/11YOUL、おかえりパーティ!

好きになっちゃった、沖縄。


「たるけん」こと垂見健吾さんの写真展初日に行ってきた。
たるけんおじぃフェア

絵巻物のようにギャラリーの壁面をたるけんの写真が横断していた。
写真の流れのままに、視線を左から右へと動かしてみる。

沖縄の原風景が拡がっている。

青い海、青い空、三線、カチャーシー、おじいの笑顔、おばあの笑顔。
祭り、エイサー、キビ畑、さんご、うみんちゅ、赤瓦、シーサー、子供たち…。

沖縄に来る時に抱いていた「オキナワ」が、
そのまま大伸ばしで並べられていた。

そうだった。…そうだった。
好きになっちゃった、沖縄。

たるけんの写真を眺めながら、沖縄を夢想していた時期があったんだ。
「沖縄いろいろ辞典」を眺めながら、うちなーぐちや沖縄の風習を
興味深く読み込んでいた時期が…。

        (^^;)

垂見さんとは、沖縄移住の1ヶ月前に仙台でお会いしていた。
七ヶ浜国際村での展覧会で、インタビューをさせてもらったのだ。
「沖縄に来たら、連絡してよ」とのありがたいお言葉をいただき、
沖縄移住が「宿命」に感じた瞬間を、今も忘れない。

那覇新港を降り立ち、自転車を転がすボクの目に映った沖縄は、
9月あたまの「ぶちくん」の陽射しに、極彩色の照り返しで、
いきなり脳裏へ、強烈なカウンターパンチだった。

垂見さんの写真が、そのころのボクを思い出させた。
うぶな沖縄フリークだった9年前のボクの感動を、再現して見せてくれた。

なんてこった。…感動する心を、忘れてるぞ。

仕事に忙殺され、本来の感性を見失っていた。
もっと素直に、沖縄の土地を、沖縄の風土を、沖縄の光を、
堪能しなくて、どうするのだろう…。

そこから、始まったはずじゃないか。

疲弊してる場合じゃない。
文句を垂れる前に、感性を磨け!
もっと、もっと沖縄は大きいはずだ。

…単純なコトが、抜け落ちてました。
垂見さんに、感謝。m(_ _)m。

Wings of Love


“Wings of Love”

 music by T.Matsumoto 
 lyrics by MAYUMI

   As times the road we take
   The choices that we make
   Can be painful and heavy on our shoulders

   But if it gets you down
   Just hold your head up high
   And look to the sky
   A rainbow will appear

     In this ever fast and changing world
     People can be cruel and so cold
     And leave you out alone in the dark
     Even though you stumble and you fall
     You will find the strength to carry on
     In your heart

      On Wings of Love I’ll fly
      Race across the morning sky
      To be by your side and kiss the tears away
      No matter where you are
      How far apart
      I’ll be there for you, my one and only one

   If you should ever find
   No rest or peace of mind
   Don’t you worry,I’ll shelter you from harm

   Remember that in time
   The sorrow and the pain
   Will soon fade away
   And you’ll come shining through

(訳詞)

   時には 僕たちの進む道や
   選ぶ道が
   苦しく 重く 肩にのしかかることがある

   だけど そんなものに打ちのめされそうになったら
   顔を高く上げればいい
   そして 空を見上げれば
   虹が現れる

     この目まぐるしく変わる世の中では
     人の心も非情になったり 冷たくなったりするもの
     君を 暗闇の中に独り置き去りにしてしまう
     例え よろめいて倒れてしまったとしても
     君はきっと 心の中に
     諦めない強さを見つけるのだろう

      愛の翼に乗って 僕は空を飛び
      朝の空を翔ける
      君の傍らで 君の涙をくちづけで拭うために
      君がどこに居ようと
      どれだけ離れていようと
      君のために傍らにいるよ ただ一人愛する君のところへ

   もしも君が
   心の安らぎや 平和を見出せないことがあったとしても
   心配しないで 僕が君を 辛さから護ってあげるから

   覚えておいて 時とともに
   哀しみや苦しみは
   やがて 薄らいでゆくもの
   そして君は 光り輝く

      ●

TOKUの新作が2年ぶりに発売された。
彼の作品はデビューした6年前から、ずっと追いかけてきた。
デビュー当初は和製チェットベイカーばりの売り込みで、鼻白んで相手にもしなかったが、
何気なく居酒屋で耳にした低音のくぐもった歌声と、
やわらかく温かいフリューゲルホーンの響きに、いっぺんにやられてしまった。

あれから6年。

自分でもフリューゲルホーンを購入するまでの入れ込みようで、
毎回のアルバムを愛聴し、横浜のMotion Blueまでライブを観に行ったりもした。

今回のA Brand-New Beginningは
全体にPOPな仕上がりだが、TOKUのエッセンスが凝縮された感がある。
特にこの1曲目のWings of Loveは
ストリングスまで入った豪華な編曲なんだけど、
メロディや詩に、ほろほろ泣けてきてしまった。

正攻法で奇を衒わないベタな造りは
思わず照れ笑いしたくなるけど、
それがまたTOKUらしい。

ぜひお試しあれ。
TOKU_A Brand-New Beginning

夜中にトイレでぼくは、きみに話しかけられていた。


アシスタント時代のネタをひとつ。

カメラマンのアシスタントをしていた22歳のころ、
ボクは丸の内線東高円寺駅から徒歩5分のアパートに暮らしていた。
初めての純然たる一人暮らしスタートの地だ。

学生時代にいた高円寺の一軒家は、父の会社の社宅であったから、
平屋で庭も大きく、間取りもゆとりがあったが、
その東高円寺のアパートは、それはそれは見事な造りだった。

記念碑的な造りと言っていい。

今じゃ、おそらく考えられないほどの安普請だった。
耐震強度偽装問題がその時代に騒がれていたら、どうなっていたのだろう。
少しは冷静に、住まいのことを見直していたかも知れない。

とにかく、当時のボクは気が触れていた。
とことん自分を追い込んで、ストイックに生きることが
己に課せられた至上命題だとでも言うように、辺境の生き方を求めていた。

だから東高円寺のアパートも、かなりのキワモノだった。
風呂なし便所付き6畳一間、2階角部屋、西日入り。月々4.4万円。
当時の高円寺は、銭湯花盛り、夜中の2時まで開いているところもあったので、
「風呂なし」は、取り立てて苦にはならなかった。
カメラマンアシスタントは泊まり込みも頻繁だから好都合…ぐらいに捉えていた。

2階の角部屋で、西日とはいえ、日当たりもいい。
たまの休みに、窓辺で音楽に耳を傾け、自分の時間を楽しめるかもしれない。
ベランダはないけど、洗濯物も干せそうだ。分相応な物件じゃないか?

不動産周りをしていた3月。考えてみれば、ちょうど今頃かもしれない。
21歳のボクは、これから始まるストイックなアシスタント生活を、
自分なりに真摯に受け止め、分相応な場所…収入に見合った謙虚な佇まいを求めていた。

「住めば都」とは、よく言ったモノだ。

謙虚に、質素に、分相応に…と、
自分をひとつの型に納めるように選んだその場所は、
絵に描いたように…最悪な住まい…だった。

まず、2階がまずかった。
安普請のアパートは、共同生活であることを思い知らされた。
⇒床が薄いのだ。

歩くと、ミシミシ音が鳴った。
それがまずかった。
夜は相当、気を遣うことになった。

ミシ、ミシ、ミシ。…ミシ、ミシ…ミシ、ミシ…、ミシ…、ミシ、どん。

そうっと、そうっと、そうっと、歩いているにもかかわらず、音がなった。
これはまいった。
息をこらして、歩いた。歩き方や、歩く場所を工夫して、音のならない方法を考えた。
だめだった。
ある地点にくると、大きく梁が湾曲するのだろう、ミシミシっっっっ…と音がこだました。

すると、下階の住人が、だまってなかった。

ドン、ドン、ドン、と棒のようなもので、天井を突く音が聞こえた。
ミシ、ドン!ミシ、ドン!ミシ、ドン!。
…忍者の気分だった。屋敷に忍び込んで、天井裏に潜んでいる自分を想像した。
家主が、天井に向かって槍を突いているシーンだ。
生きた心地がしなかった。家に帰ってきても、これじゃ身動きがとれない。

こんなに神経をすり減らして、忍び足で歩いていたら、いつか破綻する。
ボクはさっそく畳をはがして、床板を補強する対策に出た。
ミシミシ音のする場所を探し当て、重点的にガムテープで補強し、古新聞を敷き詰めた。
畳が2センチほど高くなった。…かまわない、存命措置だ。

ミシミシが、(ミシミシ)ぐらいの音になった。
…階下はなんとか、クリア。
                問題は、となりだった。

トイレは共同ではなく、各間取りに据え付けられていた。
だが水回りは構造上、まとめて設計するのが、効率的なのだろう。
明らかにトイレのカタチがおかしかった。

ドアを開けると、トイレの空間が三角形なのだ。

上から見ると、わかりやすいかもしれない。
正方形の対角線を結ぶと、それぞれが三角形で等分される。
平行する二辺を扉と捉えると、そこは三角形の空間になる。
対角線を結ぶ長辺がとなりを隔てる壁となる。

長辺をはさんで、四角い空間に和式トイレが、ふたつ。
なぜ、それが明らかになったか。答えは簡単だ。……壁がうすいのだ。
となりの気配がわかるほどの「うすさ」なのだ。

となりの住人は、60歳を過ぎた孤独な夜間警備員だった。
2日に一度のサイクルで、夜中のお勤めをしていた。
だから、一日おきに天国と地獄がやってきた。

60歳を過ぎた身寄りのない孤独な老人を想像してみてほしい。

そんな安普請のアパートに一人で暮らす、孤独な老人の楽しみはなんだ?
…酒だ、酒以外には、ない。おまけに壁がうすい…と来た。
老人は昼夜逆転の生活。一日おきだから、夜はやることがない。

酒を呑むと、やがて人恋しくなる。話をしたくなる。
当然、独り言が増える。声もだんだん、大きくなってくる。
壁がうすいから、手に取るように状況が伝わってくる。
テーブルに一升瓶をどすんと置く。ちょろちょろ酒をそのまま注ぐ。
サキイカを食べる。豆のたぐいを小皿に分ける。タバコに火をつける。
壁一枚隔てた老人の、一挙手一投足が、透視のように、こちらに伝わってくる。

…ぶつぶつ何かを言っている。…酒を呑むノドが鳴る。

壁越しに伝わってくる異様な雰囲気に、ボクは戦々恐々となる。
事態はいよいよ深刻だった。ボクは身動きひとつせず、息を潜めて気配を殺した。
かといって、生理的な欲求までは、我慢ができない。

…夜中にボクは、トイレに行きたくなる。

四角い空間を対角線で分けたトイレに、忍び足で向かう。
輪唱のように、となりの部屋でも歩く気配がする。
静かに、トイレの扉を開ける。蝶番がぎーっと、音を立てる。
電気を点けると、壁の隙間から灯りが漏れてしまうから、暗闇で的を絞って、用をたす。
…ちょろちょろ、と小便が便器に当たる。…と、またしても輪唱のように、壁越しに音が聞こえる。
…ちょろちょろちょろ、(…ちょろちょろちょろ)、…ちょろちょろちょろ、(…ちょろちょろちょろ)。
やがて、恐るべき事態を迎える。ボクは壁越しに、隣人に話しかけられたのだ。

「bozzoくん、呑みに来んか。」

…小便が、ぴたっと止まる。固唾を呑む。ゴクリと、大きな音が三角形の空間に響いた。

とにかく、何事もなかったように、とにかく、できるだけ気配が伝わらないよう、その場を離れる。
空耳だ、今のは空耳なんだ、壁越しに聞こえたのは、外の酔っぱらいか何かだ。
ちょっとくぐもって、耳元で囁かれたような、変な感じだけど、夜中だし、真っ暗だし、
あまり深く考えないほうがいい。ここは、布団に潜り込んで、朝まで眠ることだ。
…なんでもない、なんでもないんだ。夢だ、空耳だ。…何も考えるな。

結局、ボクはその安普請のアパートで、2年の月日を過ごした。

環境に順応する人間の能力というのは、すごいもので、
ミシミシ言う床も、コツさえつかめば、静かに移動できた。…ワザとミシミシ言わせる時もあった。
壁越しの受け応えも、平気でするようになった。ぶつぶつ言うやつには、ぶつぶつ言って、対抗した。
壁をどんどん叩いて、文句を言うこともあった。

人間、図太く生きることは可能だ。安普請のアパートでボクは、それを学んだ。

沖縄の空はいつまでも雲に覆われていた。


この週末、沖縄の空はずっと雲に覆われていた。
どんよりとした光が漂い、時には雨を伴った。

バンド仲間の10年来の友人が、突然この世を去った。まだ20代だった…と言う。

いたたまれなかった。
練習中に顔を合わす程度で、直接言葉を交わしたことはなかったが、
同じ空間に存在していた人物の、突然の訃報。

つい最近まで、そこに居た。
元気に笑っていた。
なんの前触れもなかった。

まさに運命のいたずら…としか、言いようがない。

この土日は、だからずっと「死」について考えていた。
暗がりの中で、「不在」を想うと身が凍った。
sudden-death…。
突然いなくなる事実。

自分もこうして、いずれいなくなる。

暴力的な喪失感だけを残して、
ここではない、どこかに逝く。

ピリオドは穿たれ、
人々の記憶の襞に、深く深く刻まれる。
「死」は何も語らない…奪い去るだけだ。

…そして、時間だけが、緩慢なく、流れていく。

立ち止まることすら、ゆるされていない。
すべての動きを完全停止させ、
哀しみに身を預けることすら、できない。

生きていることの不思議を想う。
そして、死ぬることの非情を嘆く。

ビックバンで拡がる宇宙空間の、銀河系の、太陽系の、地球の、
日本の現在に、「生」を授かり、「死」を引き受ける個々の人生を想う。
それは、ただ、ただ、はかない…つかのまの時間なのだろうか。

わたくしといふ現象は
假定された有機交流電燈の
ひとつの青い照明です
 (あらゆる透明な幽霊の複合体)

風景やみんなといっしょに
せはしくせはしく明滅しながら
いかにもたしかにともりつづける

因果交流電燈の
ひとつの青い照明です

宮沢賢治の詩がふと、よみがえる。
交流し、明滅する、ひとつの青い照明…。

…救われた気がした。
穿たれ、刻まれたピリオドが、
再びせはしく明滅する時を待とう…そう思った。

ベンツは緑色の血を流して止まった。


Paul Austerの小説「City of Glass」を読み終えたとき、
ボクは初めて起こした交通事故の状況を思い出していた。

今思い返しても背筋の凍る、自分にしてみれば、
天変地異と同等の事件だった。

22歳、広告写真スタジオのアシスタントとして社会人をスタートさせたボクは、
それまでの淫蕩な学生生活を払拭するように、厳粛かつ勤勉な社会生活を営もうとしていた。
実際、バブル期におけるカメラマンアシスタントの生活は、凄惨を極めていたし、
まともな精神では、すぐに破綻するような労働状況だったので、
振り子が大きく右から左に振れるように、極めてストイックな意識で
仕事に取り組んでいたように思う。

…まるで…出家したような気分だった。

だから、4トントラックを運転しろ…とボスに言われたときも
なんの疑いもなく、受け入れていた。
季節は、花見気分まもない5月で、ボクは3月に免許を取得したばかり。
4トントラックはおろか、車をまともに走らせたこともなかった…と言うのにだ。

判断系統が鈍くなっていたのも事実だった。
その日まで一週間、風呂にも入れず、一人暮らしのアパートにも帰っていなかった。
つまりは、寝ていなかった。
撮影と撮影の合間に、カポックと呼ばれるスチロールのボードを布団がわりにして、仮眠する程度だった。

だから、4トントラックも運転できると、勝手に思っていた。
…相当な勘違いをしていたのである。

事故前日、ボクはレンタカー屋から六本木のスタジオまで4トントラックを運転している。
撮影香盤はむちゃくちゃなスケジュールだったし、建て込みを伴う大がかりなものだったので、
前日に撮影機材、撮影商品を積み込んでおく必要があったからだ。

準備は明け方間近までかかってしまった。

仮眠をとった早朝、カメラマンに起こされ、ボクは4トントラックのエンジンをかける。
カメラマンの乗るFORDフェスティバが、早々と国道の車の流れに乗った。
見失うまいとボクは、必死に4トントラックを合流地点へ走らせる。

問題の交差点。

目的地に急ぐ車が信号の明滅に合わせて吐き出されるラッシュ時だ。
5m以上の車長がある4トン車をスムーズに入れ込むには、技術が要る。
運転手のボクも、瞬時にその苦境を理解する。
冷や汗が脂汗になるのを感じながら、そのタイミングを伺っていたその時、
反対車線で同じように流れの間隙を伺っていたタクシーが、手招きするのが見えた。

「お先にどうぞ」タクシーの運転手が、苦境に愛の手を差し出した瞬間だ。

一心不乱にミッションレバーを一速に入れ込み、アクセルを踏む自分がいた。
…左右の事前確認もせず、交差点に4トントラックが入り込んだ。
けたたましいクラクションが鳴り響き、思考回路が停止した。
猛烈な勢いでベンツが視界に入ってくる…クラクションはもはやstuck状態。
…天敵に足のすくんだ小動物のごとく、ドデカい4トン車は交差点入り口で動かなくなる。

がっっしゃーん!!!!!

衝撃はスローモーションで、足先から頭の先まで伝わり、脳天をしたたか天面に打ちつけた。
「や、や、やってしもうた!」との間抜けなセリフすら出てくる余裕はなかった。
顔面蒼白で、大破したベンツを見つめていた。緑色のエンジンオイルが流血状態。
まだエアバックもない時代である。歪んだ顔の運転手が、フロントガラス越しに伺えた。

すべてがスローモーションだった。

いや、思考が皮膜一枚かぶったような感じだった。
つまり、すべての状況が他人事なのである。
当事者である自分が、傍観者として立ち会っている。
おそらく「認めたくない」意識が、潜在的に働いたのかもしれない。

ベンツが緑色の血を流して止まっている。

4トン車の前輪は、運転席側に深くのめり込んでしまって身動きもとれない。
立ち往生で国道の流れを完全に堰き止めてしまうほどの大事故である。

なのに、現実味もなく呆然としている自分がいた。
カメラマンの怒号がかすかに聞こえる。
巻き込まれた車のクラクションが響いている。

「City of Glass」の主人公Quinnも同じように現実と乖離していく。
夜の長さが昼の長さよりも次第に長くなっていき、
食事をしたり、ノートに記入したりする時間がどんどん短くなる現象に陥る。
そのうちに、活動できる時間はほんの数分となって、
食事を終えると、ノートに三行書くくらいの時間しか残らなくなってしまう。
そしてついには、ひと口かふた口食べると暗闇が再び辺りを被った…。

観念的な話のようだが、まぶたが閉じられるように現実が生気を失う瞬間は、実際に訪れた。

六本木の交差点で、ボクの意識のまぶたも閉じられようとしていた。
視界が感度を失い、徐々に冥くなっていった。周りの雑音がボリュームを落とすように小さくなった。
緑色の血を流した歪んだベンツが、歪んだ運転手の顔と区別がつかなくなり、
ドデカい4トン車が、ただの構造体にしか見えなくなった。

Paul Auster…、すざまじい作家に出会ってしまった。
もう少し、読み進めてみようと思う。

春光乍洩~ブエノスアイレス~


Cu-Cu-Rru-Cu-Cu Palomaつながりで、
王家衛ウォン・カーウァイ監督の「ブエノスアイレス」を再見する。
そして、思い出してしまった。

張国栄~レスリー・チャン~の不在を。

この映画の上映は1999年。
そして、張国栄は2003年4月1日に自殺を図っている。
あまりにも衝撃的で、かなり引きづったことを、思い出してしまったのだ。

Dicen que por las noches         夜になっても
No mas se le iba en puro llorar      もう鳴くことはなかったという
Disen que no comia            食べもせず
No mas se le iba en puro tomar       飲むことすらしなかったという
juran que el mismo cielo          その涙が落ちる時
Se extremecia al oir su llanto        空が身を震わせたのがわかった
Como sufria por ella            死んでしまってなお
Que hasta en su muerte la fue llamando  その時の哀しみを忘れられない

Ay ay ay ay ay , Cantaba        歌っていたおまえ
Ay ay ay ay ay , Gemia         呻いていたおまえ
Ay ay ay ay ay , Cantaba        心を焼き尽くす炎のせいで
De paison mortal Moria         死んでいった

Que una paloma triste          まるで哀しいハトのように
Muy de manana             朝早く
Le va a cantar              歌っていたっけ
A la casita sola              誰もいないこの家で
Con las quertitas de par en par      どの扉も いっぱいに開いた家
Juran que esa paloma           そのハトは 
No es otra cosa mas que su alma      おまえの魂だったのだ
Que todavia la espera           不幸な女が
A que regrese la desdichada        戻ってくるのを待っていた

Cucurrucucu , Paloma           ククルククー ハトよ 
Cucurrucucu , No llores           ククルククー 何があっても もう鳴くな
Las piedras jamas Paloma          ハトよ おまえが恋について知るうることは
Que van a saber de amores         なんだろうか

張国栄の嘆きがそのままカタチになったような
切ない憂いを帯びてしまった。

映画「ブエノスアイレス」自体が切なすぎて言葉にならない。

異国の地、しかも祖国から一番遠いところで、途方に暮れてしまう。
自分はどこに行くのだろう。自分はどこに辿り着くのだろう。
愛する者との復元不可能な亀裂。
自暴自棄の日々。

心を焼き尽くす炎のせいで死んでいった。

映画と現実が交錯してしまっている。
張国栄は、映画の中でも心をむき出し、深く傷つき、
均衡を崩したまま行方知らずとなってしまうのだ。

ブエノスアイレスの石畳に沁み込む
Astor Piazzollaのbandoneonがまた、
露光不足の湿った空気にまとわりついて
きゅうきゅうと胸を締め付ける。

キッチンの裸電の下で踊る、張国栄と梁朝偉。
押し殺した感情が、音楽の昂揚とともに露わになり、
自身を投げつけるように激しく弄るシーンは
その不均衡を剥き出しにしていて、とても痛い。

轟くイグアスの滝。

この滝のように激しく、制御不可能なモノが
人間の内部には巣食っていることを、王家衛は描きたかったに違いない。
人間もまた、大いなる自然の一部であることを…。

合掌、張国栄。

猫も杓子もリスも


本日、局入れが終了した。
オキナワローカルの春キャン告知TVCM。

新しい音楽ケータイのサービスが始まるの受けて、
気持ちよい春の日差しの中、思わず口ずさんでしまいました…
とばかりに、女の子がアカペラでキャンディーズの「春一番」を歌う。

すれ違う男の子も、「恋をしてみませんか?」のフレーズにドキリ。
それって、「オレ?」と急ブレーキをかけて、振り返る…そんな設定だ。

しかし、オキナワにおける春の雰囲気って、見あたるはずもなく、
おまけに海風がびゅーびゅー通り過ぎるようなシチュエーション。
仕方ないから、作りました。
かわいらしい白い花を配置して、白砂を撒いて、土手を再現。
そこを行き交う男女の設定に、無理矢理作りました。

オキナワでは有り得ない情景だけど、春の原風景が展開され、
オキナワの人たちにも、春の気持ちよさが伝われば…大成功。

実際の撮影は、極寒そのもので、
ボクは見事に風邪を引いてしまったわけだけど。

オンエアは19日から。

Cu-Cu-Rru-Cu-Cu Paloma


風邪を引いてしまった。
見事な悪寒と頭痛。典型的な風邪だ。
月曜日を丸一日、寝て過ごした。
それでも悪寒と頭痛は引かなかった。
辛くなってきたので、映画を見ることにした。
ショック療法である。

ぼおっとした頭で選んだ映画は「Hable con Ella (アブレコンエジャ)」
Pedro Almodovar監督の英題「Talk to Her」である。

DVD発売と同時に購入していながら、
今まで封印されていた代物。
確信があったから、見るべき時にと…置いておいたのだが、
何も、こんな状況で見なくても…。

しかし、始まってしまえば、すぐさまのめり込んでしまった。
なんといってもカエターノ・ヴェローゾの「ククルクク、パロマ」には
脳天から血潮が吹き上がった。

   ♪夜が来るたび、ただ泣くだけだったという
   ♪何も食べようとせず、ただ酒を浴びていたという
   ♪その叫びを聞いて、空さえ震えたという
   ♪彼女を想って苦しみ、死の床についても彼女を呼んでいた
   ♪彼は歌っていた、彼はうめいていた
   ♪心を焼きつくし、彼は死んだ

   ♪哀しみにくれた鳩が朝早くから彼の為に歌うだろう
   ♪扉から扉へと、孤独な彼の家へ向かって
   ♪きっとその鳩は彼の魂そのものなのだ
   ♪いまだに彼女が戻ってくるのを待っている
   ♪ククルクク、鳩よ
   ♪ククルクク、もう泣かないで
         (トマス・メンデス作<ククルクク・パロマ>)

孤独に打ちひしがれた男が、死に絶え、魂が鳩となって
それでも彼女の心を求めて鳴く…ククルクク…と鳴く。

ウォン・カーウァイの「ブエノスアイレス」でも
イグアスの滝を背景にこの曲が流れるが、ここまで心に沁みては来なかった。
なんといってもカエターノ・ヴェローゾの哀しそうな顔がたまらない。
    ♪Cu-Cu-Rru-Cu-Cu,Paloma
    ♪Cu-Cu-Rru-Cu-Cu,No llores

映画全体の巧妙な流れも恐れ入ったし、衝撃の結末にも背中を裂かれる思いがしたが、
何より冒頭のピナバウシュとカエターノ・ヴェローゾの歌が、もう見事に脳髄蹴られた。
細かい話は次回につなぐ。

ONE LIFE


この世界には理解の及ばない大きな「何か」があって
そういった大きな流れの中で生きている…と、前回書いたが、
その「何か」は「そうだ、宇宙だった。」…と、ひとりごちた。

「風の旅人」というスケールの大きな隔月刊誌がある。
その編集長、佐伯剛さんの巻末の言葉を読んで、納得した。

親鸞が説く「南無阿弥陀仏」を、宇宙的スタンスで捉えると
その言葉が非常に生き生きと感じられてくる。

小さな「自分」を超えた、大きな存在がある。
人と人との関わりの中に「自分」の存在はある。
自立より、他力でこそ、見えてくるものがある…と。

それは、つまり、宇宙に他ならない。

       宇宙に存在するすべてのモノは、個々が互いに影響を受け合いながら、
       誕生から成長と、衰退から解体を繰り返し、生々流転を続けている。

ONE LIFEだ。

森羅万象すべてのモノは、この大きなひとつの生に収斂され、
互い同士が細かな血管でつなぎ止められた存在なのだ。

佐伯編集長は、さらに理知に富んだ言葉を紡ぐ。

       人間が人間として生きはじめた時、従来の生物に比べて認識力が
       飛躍的に高まったとされる。そのことによって、自分が生きる世界の
       多くを知ることになった。多くを知れば知るほど、世界がミクロから
       マクロまで様々な領域に分断されて感じられ、寄る辺のない不安に
       晒されることになっただろうと想像できる。

人間の認識力の目覚めが、知恵の及ばない「何か」の存在を気づかせ、
不可解な「何か」を理解の裡に納めようと、さらなる探求心で世界の手の内を暴こうとする。
その原動力は、まさに「不知」の不安である。「知らない」ことへの不安だ。

       その不安を克服するために、世界から目をそらそうとした者もいただろうし、
       混沌の世界を秩序あるものとして掌握しようとする意志を持ち、苛酷な困難のなかで
       心身を深く傷つけ、痛切なまでの負荷に耐え忍びながら解決の糸口を探ろうとした
       者もいたのではないか。儀式や、神話や、芸術は、その痛みの裂け目から
       噴き出るように生じたのではないか。

自分の裡に「宇宙」の存在を感じ、100億光年彼方の銀河も地球上の生物も、
すべてが互いに影響を受け合いながら、混沌と「かたち」を繰り返し、
大きな流れの中で編み目のように連なって、生々流転を続けていると考えれば、
自分自身の「生」の尊さもひときわ際だってくるのではないか。

       この宇宙のなかで自分の心身に呼応するものは、
       ポジティブなものもネガティブなものも、一つの生が脈打つ
       無限の連なりのなかにある。自分自身を含めて、一つの生のなかに
       あるものは、無理矢理に排除することはできない。

つまり「因縁」である。
自分の存在は編み目の連なりのひとつであって、周りとの関係性のなかで存在している。
そのことを排除し、否定することはできないのだから、ここはひとつ、任せてみよう…と
説くのが「南無阿弥陀仏」の説法だ。

さらに、ここで「深い!」と唸らせたのが、
自分の存在を任せきる…そんな大きな心持ちになるには、
自分自身をみつめることだ…という逆説だが、
編集長の言葉はさらに続く。

       排除するのではなく、自分とどう関係しているのかを
       自分の感受できる範囲で知りたいと願い、あがき、考え続ける。
       そうした疼きのような負荷に堪え忍ぶことでしか、
       人間の新しい意識と現実は生まれてこないだろう。

説法どおりだ。
大きな流れの編み目の連なりであることを、その関係性を理解し、
自分のポジションを理解することで体得しなければ、流転の明日は来ないのだ。

日頃の生活に、常に「宇宙」を感じてみようと思う。