能楽堂がある。
【Oct_13】鏡板
鏡板の松。
喜多流の武士道的芸風にかなった力強さと重厚さを見事に象徴してる…とのこと。
【Oct_13】喜多霞
喜多流の家紋、喜多霞。
【Oct_13】喜多流十五世宗家_喜多実先生
【Oct_11】ダイホと永積崇
ジモリの存在を知らしめてくれたのが、このふたり。
ダイホとは、腐れ縁みたいにオキナワ時代からずっとつながっている。
シネマダブモンクスの立ち上げ、1stアルバムの製作にマネージャーとして関わり、
2003年のスペイン・ドイツツアーにも同行して、記録写真を撮り、地元雑誌に記事も書いた。
そんな関わりの中で、ジモリの存在をいろいろと聞かされていたこともあり、
ジモリへの傾倒は特別なモノとなっていったのだけど、30周年を機に飯能まで足を運んでみて、
すべての妄想がカタチとして顕れ、霧晴れる思いだった。
これが、ジモリであったか。
この「森」がダイホや永積を育んだのか。
そして、彼らのクリエイションする歌が人々を魅了し、
ジモリの「森」の根は地道ながら確実に延びているのだ…と、俯瞰で捉えることができた。
実は、ジモリへの道すがら、久々にダイホと長話。
彼が思案するアイディアを受け取る。
「高校を卒業するまであらゆる文化施設をフリーに」するプロジェクト。
ダイホもジモリ時代に映画「ブルース・ブラザース」に触れて、ブルースハーブを手にした経験から、
多感な高校時代にできるだけ様々なアートに触れて欲しい…という願いを込めて、
映画・演劇・音楽ライブ・ダンス・美術館などの文化施設をすべてフリーにするプロジェクトを自治体に働きかけている…とのこと。
アルバイト制限を受ける年齢なのに、文化施設の入場料は大人扱い…そんな不条理はおかしいでしょう。
だから、文化を根付かせるためにも、高校生は一律フリーパスで、様々なアートに触れて欲しい。
そういう裾野を拡げる活動が、引いては日本の多様性を育むことにつながる。
ボクも深く共感、ぜひとも力になりたい…と思う。
まずは議論を展開するテーブルを用意すべく、facebookでページ立ち上げを模索したい。
【Oct_11】ジモリ30周年記念Tシャツ
30周年記念のTシャツデザインも、ステキだ。
さまざまな木が育ち「森」となる。
循環する生態系は、トリを取り込み、虫を養い、さらに豊かに育っていく。
30年の一貫した教育方針を、デザインしたTシャツ。素材感も素晴らしい。
【Oct_11】木工授業
敷地内に木工室があるのも、ジモリならでは。
木に触れ、木を彫り、ひとつのものをクリエイションする。
校名にあるように、「森」の奥深さを体得することが、この学校の目的なのだと、思う。
【Oct_11】ジモリ靴箱
【Oct_11】ジモリ校舎内
ジモリの校舎の壁面には、いたるところに壁画が描かれている。
これも鈴木瑞穂校長の学習方針の賜物だと思うが、
アートが身近であること、クリエイションが当たり前であること、
飯能のド田舎に位置する自由の森学園だからこそ、
ゼロから創造する力を養う学校方針が見事に教育の礎として活きていると、思った。
ホントに、ここの子どもたちは、生み出す力を信じている…と思う。
それがどれだけ尊いことかは、卒業して社会に出てから気付くのだ。
【Oct_11】森を描くby鈴木瑞穂
中三の「森」を描く=卒業制作 by 鈴木瑞穂先生
毎年中三になると取り組むのが卒業制作である。本、写真(グラビア)、
スケッチなどの資料収集や取材は夏休みの宿題である。
九月からは、近くの森や林にはいって、ラフスケッチを繰り返し、
「森」のイメージを決めていく。
この卒業制作は、3つの視点からテーマを決め、自分の描こうとしするイメージを確かめていく。
その3つとは、
(1)見たままの写実的な「森」のいとなみを描く。
(2)想像としてつくる象徴的な「森」のイメージで描く。
(3)社会問題として扱う「森」を描く…である。
「森」というテーマは“奥深いことである”。
そこには神秘性、象徴性、不可解なもの、未知なるものが付加されるだろう。
ひとつの「樹木」のなかには木肌、幹の様態、その枝ぶりと、
なによりも根によって支えられた存在感がある。
一本の樹のなかに「森」を見る。生命と死、エコロジカルな「森」の体系もまた、
「樹木」にこだわって熟視した結果として「森」の絵に表現されるのである。
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中三のこれらの絵の多様さ。これが、ジモリの多様さを育んでいる。









