
津ノ守弁財天。
こういった土地の出入り口、いわばヴァギナや肛門のような湿った場所を、
崇めるでもなく、臭いものに蓋をするような扱いをして、
人間は土地とともに暮らしている…といった事実を葬るから、地場がおかしくなる。
回りは雑居ビルに囲まれ、
異空間のように、この池だけが
居心地悪く鎮座している。
すべてを埋め立てることには、
人間として躊躇した…といった風情。
しかし、いずれ埋め立てられそうな気配も、ある。
竹野に住まう舞台写真家の地域自治。

津ノ守弁財天。
こういった土地の出入り口、いわばヴァギナや肛門のような湿った場所を、
崇めるでもなく、臭いものに蓋をするような扱いをして、
人間は土地とともに暮らしている…といった事実を葬るから、地場がおかしくなる。
回りは雑居ビルに囲まれ、
異空間のように、この池だけが
居心地悪く鎮座している。
すべてを埋め立てることには、
人間として躊躇した…といった風情。
しかし、いずれ埋め立てられそうな気配も、ある。

車力門通り。
人夫を使って、奈落を下るように
女郎屋へと車を走らせたのだろう。
「策の池」の回りには、
性を売り物にする店が軒を連ねた。

要人来日で厳戒態勢の迎賓館前にて、
ダンサー奥野美和とphoto_session。
四谷界隈は知る人ぞ知る地場の狂ったところで、
『四谷怪談』に見られる武家屋敷の乾いた土地と、
『策の池』『鮫河橋』に見られる歓楽街・貧民窟の湿った土地とが、
四谷三丁目の交差点を頂点に入り組んだ構造になっている。
いわば差別被差別の縮図のような貴賤入り乱れた土地なのだ。
その妬みが鶴屋南北に「四谷怪談」を書かせた。
しかし、人間の肉体にも乾いたところ湿ったところがあるように、
土地にも乾いたところ湿ったところは必要で、
太古の昔から、湿ったところは「生死」の交わる場所として崇められていた。
「産土=うぶすな」とは、生まれた土地という意味だが、
海辺は「生死」の境として「風葬」や「産小屋」の場所であり、
「うぶすな」とは生まれ出るときに産小屋の砂を保持したことから来た言葉である。
人間にとっての湿ったところがクリエイティブの源であるように、
土地にとっての湿ったところもクリエイティブな場として、
歓楽街や女郎屋などとともに芸能に縁の者たちが暮らした場所なのだ。
今回のphoto_sessionでは、四谷の喪われ逝く「湿ったところ」を
ダンサー奥野美和の感性でもって体感・表出してもらうこととした。
湿った場が持つアウラに反応するダンサーの四肢を切り取った。
今回のセッションは、6月に開かれる東京初の個展でお披露目される。
個展タイトルは【四谷の湿った放屁】(笑)。
bozzo写真展【四谷の湿った放屁】
開催場所:総合芸術茶房喫茶茶会記
開催日時:06/13→06/18
ボクの参加しているクロッキー会の「三派合同クロッキー展」@ポルトリブレと同時開催。
詳細は追って。乞うご期待(^^)/