【Apr_27】Nextream21

Nextream21@六行会ホール
本日、キッズ&ジュニア部門。
舞台演出家の篠崎光正氏の総評に深く納得。
「役者は役柄の感情をどれだけ内に秘めて表に出さず、観客に察してもらうことができるかが勝負だけど、
ダンサーは己の感情をどれだけ表出して、ステージで命を燃やすことができるかが勝負なのです」
29日はいよいよ、一般部門。
【on_Flickr】0416_suisyo
【Apr_16】水晶幻想
【Apr_11】日々

【Apr_22】迎賓館(旧紀州徳川家)
ここも四谷の武家屋敷のひとつ。この脇の坂を下ったところに、鮫河橋はある。
貴賤まぐわう場所である。
「被差別が下支えするから、貴い存在で居られる」と解したのは中上健次だが、
ニッポンは誠に古くから「天皇」という貴い存在を、市井の民が下支えする構図。
貴賤が在るうちは、ホントの主権在民はあり得ない。
いつまでたっても民主主義が根付かない理由のひとつ。
イギリス政治に倣おうって発想が、そもそも自身を穿った視点だった。
【Apr_22】四谷怪談

四谷怪談、鶴屋南北の作。
四谷に住む武士・田宮又左右衛門の娘、お岩が
浪人の伊右衛門を婿にとったが、
伊右衛門が心変わりして一方的にお岩を離縁したため、
お岩が狂乱して行方不明となり、
その後田宮家で変異が相次いだため、
田宮邸の跡地にお岩稲荷を建てたという話。
田宮家は四谷の「乾いたところ」の武家屋敷であり、
四谷の「湿ったところ」鮫河橋に暮らしていた鶴屋南北が
田宮家に伝わる美談を妬んで、怪談に仕立てた。
写真は今も使われている「お岩の井戸」。
【Apr_22】須賀神社下

出雲系神社の須賀神社の脇にあるアパート。
緑に覆われ、人の気配はない。
このような廃墟が鮫河橋付近には沢山あった。
1年前までは。
久々に散策して、見事に再開発の手が入っていて、驚いた。
貧民窟の面影がどんどん消し去られ、地場が喪われ、
四谷という響きだけで、高級邸宅に生まれ変わったり、するんだろうか。
どんなに変貌しても、
「湿ったところ」には違いないのに。
【Apr_22】宝蔵寺(若葉2丁目)

湿ったところは「生死」の境目だから、
寺社が多く建っている。
寺社がサンクチュアリとなって、
この「湿ったところ」が持つアイデンティティが
どうにか保持されているのが、救いだ。
【Apr_22】新宿通り(甲州街道)

この道が四谷の土手のような高台に位置する。
両脇は面白いぐらい下り坂である。
汚水・雨水がどんどん「湿ったところ」に注がれていたのだろう。
その「湿ったところ」に貧民は巣喰う。
文字通り、巣喰う=寄生していた。
土手の高台に住まう武家屋敷からのおこぼれを目当てにして。



