【heaven’sDoor】Assandra!


善戝和也率いる民族音楽のユニット。

コンピュータを使ってその場で打楽器をサンプリング、
リズムトラックを作ってから声を重ねていく手法。

どんどん増幅する音楽におののきながら、
トランス状態に陥る。

リズムはあくまで土着的なもの。

善戝和也さんのプリミティブな雄叫びが
根っこを揺るがすような衝動につながる。

まったくもって、古くて新しい音楽。
トランスが気持ち良いから、踊りたくなる。

すばらしい。

【浜口庫之助】みんな夢の中


恋はみじかい 夢のようなものだけど
女心は 夢をみるのが好きなの
夢のくちづけ 夢の涙
喜びも悲しみも みんな夢の中

やさしい言葉で 夢がはじまったのね
いとしい人を 夢でつかまえたのね
身も心も あげてしまったけど
なんで惜しかろ どうせ夢だもの

冷たい言葉で 暗くなった夢の中
みえない姿を 追いかけてゆく私
泣かないで なげかないで
消えていった面影も みんな夢の中

【youtube】みんな夢の中

      ●

1969年の作品。ちょうど40年前。
BreathMarkの歌声で聴いて、涙出た。

今日は浅草へ行って来た。

永井荷風の「墨東奇譚」で、
お雪が客待ちに歌っていそうな風情だ。

今度は舞台の玉ノ井にでも足を運んでみようと思う。

【youtube】昭和44年「みんな夢の中」

【2010】明珠は掌に在り(2)


明珠在掌(みょうじゅたなごころにあり)。
You have a treasure in your hands by nature.

消費経済の需要喚起を促す「広告」の在りように違和感をおぼえ、
その後も、落ち込んでいく経済力と反比例するように
「消費しろ」と声を荒げる企業の厚かましさにあきれ、
ボクは広告業界から足を洗ったわけだけれど、

2010年の新聞のあちらこちらに
こうやって自省めいた内容の記事や広告が載ってると
「ああ、やっぱりなぁ」と思ってしまう。

      ●

2009年10月から東京に移り住んで、
15年前の記憶を呼び覚ますかのように旧知を温める出会いを重ね、
中高大の思い出が沁みる高円寺の街並みを散策するなど、
「振り返り」の行為をこの3ヶ月ばかりしてきたが、

そういった土地や人の記憶から「明珠」が輝くような瞬間がある。

「日本はうまくいく。と思うことから、日本はうまくいく。」
…じゃないが、歩んできた轍をもう一度踏みしめることで、
自分自身もそのルーツを確認出来たし、共鳴する要素に光を当てることが出来た。

2010年はやはり、「明珠」を耕し、
今一度育む時に来ているんじゃないか?

【2009】Yah!Man!でいこう!

…ということで今年の漢字は「耕」に決めた。

【2010】明珠は掌に在り(1)


1月4日。月曜日。
2010年の幕開けだ。
仕事初めの輩も多いことだろう。

宝島社2010年の企業広告が今日、掲載されていた。

「日本はうまくいく。と思うことから、日本はうまくいく。」
ネガティブに否定ばかりしてないで、いいところを伸ばしていこうよ…というメッセージ。
毎年、宝島社の企業広告は、はっとさせられる。

そしたら、同じ紙面にアレックス・カー氏が進める
長崎県小値賀島の「古民家再生プロジェクト」の話が出ていた。

徳島県東祖谷山村にある
築300年の茅葺き屋根の古民家篪庵(ちいおりあん)に惚れ込み、自ら改修し、
NPOを立ち上げ、日本文化の礎としてメッセージを発信しているアメリカ人が、
新たに興した古民家再生プロジェクト。

篪庵(ちいおりあん)の存在は「翼の王国」などのメディアにも紹介され知っていたが、
今度は小値賀島か…と驚嘆するとともに、宝島社の発しているメッセージにリンクするなぁ…と感嘆した。

      ●

明珠在掌(みょうじゅたなごころにあり)。
You have a treasure in your hands by nature.

アレックス氏が座右の銘とするこの禅語は、
「輝く宝は手の中にある」といった意味で、
…自らを省みれば必ずオンリーワンな要素が存在するから、
 しっかり自分をみつめなさい…とよく坊さんの説法に使われる。

説法で聴くと居心地の悪い内容でも、
こうやって30段広告で大々的にメッセージされると、
「だよな。」と納得させられるのだけど、

思えばボクが沖縄で広告業界から足を洗うきっかけになったのも
この禅語「明珠在掌」みたいなもんだな…と振り返る。

      ●

2007年に地元オリオンビールの主力商品ドラフトビールを
根本から立ち直すブランディングの仕事を任された時、
コピーライターやプランナーとこのブランドの「オンリーワン」を話し合った。

1950年から飲み継がれている県民ビールの大衆性を
「生活、ビール。」というキャッチコピーで新たな光を当てようと
企てた戦略は、担当者に一笑され、わずか2ヶ月で潰えた。

しかし今でもあのときのプランニングは間違ってなかった…と自負する。

山之口獏氏の詩をぶつけて、ブランドの根元を見直す切り口は
「沖縄」の居心地の良さを言い当てていたし、
そこに根差すドラフトの大衆性+県民性に光を当て、
「沖縄」のアイデンティティを再評価するものになったはずだった。

残念ながら、ドラフトのブランディングは「消費経済」の理に呑み込まれ、
「販促」という大義名分に迎合するカタチで閉じられた。

その時、常に前へ前へと触手を伸ばすことを正義とする「広告」の姿に疲れてしまった。
それは現在の日本が抱える「消費経済の疲弊」と相似形を成していたように思う。