リトルモア写真集公募展終了


リトルモア写真集公募展
8月1日から始まったweb上で写真集が制作できる
新しいタイプの写真公募展が、本日応募を締め切った。

結果、640点の写真集がエントリー。

これはものすごい量である。
すべてを閲覧するのも、一苦労。

11月4日に一次審査の結果が出る。
もうこうなったら、天にも祈る気持ち。

以下3点の書評をいただいた。
手放しにうれしい。

なんとか、期待に応えたい。

    ●

【光の中の旅 by yanakono】

 見ていて、どきどきしました。
 光がとても印象的で
 赤い光も故意なのか、事故なのか
 謎めいていました。
 生まれたての赤ちゃんが世界を
 見たときこんな風に見えるのかもしれない。
 「世界がまぶしい、でも、もっと覗いてみたい。」そんな素直な好奇心を
 感じる写真に思えました。
 違う国に行ったらどんな写真ができるのか、また違う旅の写真もみたいです。

【旅人のまなざしby ikukos】

 カッコよすぎ、と最初見たとき、思った。
 旅の写真ってムズカシイ。

 SUOMIって何?
 へえ、北欧。
 だから、この光。
 赤いのは何? 事故? それとも何か狙ってる?
 ふうん、なんか懐かしい感じがするな。
 そうそう、どこかへ旅したとき、
 こんな感じに見えた、景色って。
 長い影も、乾いた空気も、吐く白い息も、見える感じ。
 SUOMIってこういうところなのか…

 こうして、私はいつの間にかSUOMIを見ていた。
 レンズを通して、SUOMIを旅した。
 カメラマンの目が何を見たかを感じた、という方が正しいのだけど、
 自分の目で見たように感じたのだ。
 大人の冷静さと子どもと変わらない感動。
 ただただ、目の前の世界を受け入れて見つめる
 旅人のまなざし。

 ただ、ちょっとカッコよすぎなのだ。
 1冊として正しくまとめられている代わり
 勢いやリズムを覆い隠してしまったような
 …ロマンチストなのね、きっと。

 あともう2、3枚見たかったな。
 世界のどこかにある普通の生活と普通の時間を
 よそ者がのぞく衝撃、とか
 北欧のイメージを覆すような、なにか。

【いつか北欧へ旅したくなりました。by kurokawanwan】

 凛としたなかに、どこか人とのやわらかな関係や、
 ぬくもりのようなモノを感じました。

 「未開の北欧へ足を踏み入れた、
  踊る好奇心をそのまま写真に定着。」

 と作者の方が書かれていますが、
 好奇心を素直にカタチにしたら、こうなるんだろうなぁと
 思いながら拝見しました。

 いつか北欧へ旅したくなりました。

【works】沖縄つなぐau


「沖縄つなぐau」キャンペーン

2年前、MNPというサービスが始まった。

携帯電話の番号を他社キャリアへ持ち込めるサービスだ。
契約したら2年間の制約が出て、他社には移れない。

そのサービスが、ちょうど2年前の今日はじまった。

だから、今日からはその制約を解いて
思いっきり他社へ鞍替えできるというワケ。

【portrait】10年の希望と絶望


ポラロイドだ。
ちょうど10年前、
沖縄に出てきて、

一人暮らしをはじめ、
初めての休日。

そう、時期的には10月。

何もすることがないから、
ポラロイド写真で
self-porraitを収めた。

それが今でも残っていた。

部屋は大道のかつての2DK。

ポラロイドも色あせ、
ところどころフィルムも浮いている。

10年後にこうやって、
感慨深く眺めるとも思わなかっただろう。

「ペパーミントキャンディ」は
20年の【希望】と【絶望】の変遷だった。

ボクはこの10年で
どれだけの【希望】と【絶望】を味わったのだろう。

おそらく【絶望】と呼べるモノはそう多くはない。
のほほんと暮らしてきた。

【希望】ばかり夢描いて、追いかけてきた。

今もその【希望】とやらを胸に抱いて、
あらぬ方向へ足を踏み出そうとしている。

さらにその先の10年。
ここが勝負所だ。

今の内に、新たなself-portraitを
収めておいたほうが良さそうだ。

その先の10年後。
それがホントの【希望】と【絶望】の決着点かもしれない。

【Lee Chang-Dong】オアシス


10月22日。
韓国映画にはまっている。
イ・チャンドンにはまっている。

「オアシス」。

これもものすごい題材な
ラブロマンスだ。

前科3犯の男と脳性麻痺の女の愛。

強姦未遂まで起こしたような男が
脳性麻痺の女とまぐわっていたら、
誰もが犯罪を犯したと思うだろう。

しかし、どちらも実は
世間の厄介者として扱われ、
うまく利用されている…という背景を知ったら?

   ●

前科の男は
兄の交通事故を肩代わりしてムショに入った。

「オレはどうせ世間じゃツマハジキだし、
 前科もあるから、痛くもかゆくもないぜ。」

脳性麻痺の女は
国からの援助で瀟洒な障害者アパートに兄夫婦を住まわせている。

兄は、脳性麻痺をイイコトに
面倒なことをカネで解決し、
妹を利用することで、イイ思いをしている。

そんなはじかれたふたり。

そのふたりが自然体で引かれあい、
お互いの空隙を愛で満たしていく過程は
身を削るように愛おしい。

とても自然なのだ。

前科の男はソルギョング。
「ペパーミントキャンディ」で迫真の自殺を演じた。

同じ俳優とは思えないぐらい、
前科者をさらりと演じている。

そして、驚くのは脳性麻痺の女役、ムンソリ。

健常者なのだ。

実際に脳性麻痺の女性2人と生活を共にし、
脳性麻痺にも個性があることを実感。

「彼女たちに成り切れば良いんだわ」

という割り切りで役に臨めた…という。

果たして演技と言っていいのか、
そのものの生命体として、在る。

だからこそ、胸に迫る。

宿った命には
「愛」という
他者の介入が
絶対的に必要なのだ…!!!(絶叫)

  たとえ凶暴で手に負えない、野良犬でも。

    ●

ベスト1かも知れない。
とにかく必見。

【au】撮影旅行 その2


10月05日快晴。石垣島。

そもそも
垂見健吾さんとのつながりは
10年前の仙台まで遡る。

ボクが沖縄行きを心で決めたのが
1998年の春。

その年の夏に七ヶ浜国際村
椎名誠さん、中村征夫さん、垂見健吾さんの写真展が開かれる…ということで
当時のクライアントだった西洋土地開発(株)から依頼を受け、取材をしたのが最初だった。

そのころからコーラルウェイで憧れだった
垂見健吾さんを取材するとあって、
ものすごく緊張したことを覚えている。

写真展の主旨や3人の関係など
ざっくばらんにお伺いしながら、
最後に「9月から沖縄へ移住するんです」…と
垂見さんにお伝えしたのだ。

そのとき垂見さんは気持ちよく
「ほほ、じゃあ連絡をちょうだい」
…と名刺を渡してくれた。

その懐の深さに感動して、
それ以来、垂見健吾さんには
お世話になりっぱなし。

 沖縄=垂見健吾

そんなあたたかな気持ちをもって
沖縄という土地をイメージしてきた。

10年間この土地で
いろんな障害を乗り越えて来れたのも
ベースには沖縄のあたたかな土地柄があったから。

 そして、その象徴として
 垂見健吾さんが居たからだ。

そのシメのお仕事を
垂見健吾さんと出来て
とても幸せに思う。

垂見健吾公式web

【au】撮影旅行 その1


10月04日快晴。

10月24日からのキャンペーンで
今回はじめて垂見健吾さんと
撮影旅行なるものに同行した。

沖縄の家族や仲間はみなauでつながっている。

そんなコンセプトで
沖縄らしい家族や仲間を撮影する旅。

垂見さんのつながりで
渡嘉敷島の國吉さん家族からはじまって
石垣島の辺銀食堂の面々と。

2日間で9カット。

途中行き当たりばったりのベースボールチームやら
八重山商工の生徒たちやら、
まあ見事に綱渡りでコトは進んだけれども、

終わってみれば
仕上がりもすばらしく
沖縄らしい家族の笑顔にあふれ、

なんだか最後の仕事として、
結構よかったんじゃないか…って。

沖縄の素敵な部分を
垂見さんと堪能できて、
原点に帰れたんじゃないか…って。

充実した2日間だった。

垂見健吾公式web

【cello】おくりびと


「おくりびと」公式サイト

チェロの音色が心地良い。
…浄化される映画だ。

「納棺師」を主題にした映画だから、
いろんな人生の終焉が描かれている。

 「死は門です。次の世界へ入るための門です。」

順風満帆とは行かぬ人生だったろう、
苦しくも辛い一生だったろう、
なんとも儚い悔い多き末路だったろう…。

遺族は亡き故人への複雑な心境を、
死体を前に吐露する。

 「ばかやろう」「ごめんな」「すまなかった」

納棺師は、そんな遺族の思いも含めて
故人の旅立ちを、所作よく美しく仕立てる。

綺麗な死装束を纏った故人は
あらたな旅立ちに向かう。
遺族はその旅立ちをしっかりと見送る。

そのような折り目正しい儀式の美しさが
人間の尊厳を顕していて、感入った。

【works】名古屋へ


10月14日。
CM編集の仕事としては
約6年ぶりに名古屋へ。

セントレアへの着陸も
おそらくはじめて。

天候はあいにくの雨だったが、
翌日は見事に晴れ渡った。

いろいろと感慨深い。

お世話になった今は亡きあの人との記憶を
辿るような名古屋滞在だった。

6年ぶりに再会する人。
独立して会社を立ち上げていた。

6年ぶりに味わう手羽先。
しつこくも懐かしい味がした。

あの時の長女が
今は社長業を引き継いで
なんとか会社を軌道に乗せようとしている。

そんな彼女に引きづり回され、
名古屋の夜を堪能する。

月日の長さを実感する。
6年前は学生だったんだぜ。

自分はいったい
どこまで成長したんだろう。

6年前となんら変わらないんじゃないか?

     ●

やっぱり、シフトする必要ありだな。

【standard】nearness of you


Its not the pale moon that excites me
That thrills and delights me, oh no
Its just the nearness of you

心がそぞろに掻き乱されるのは
蒼い月のせいじゃない
君が間近にいるからなんだ

It isnt your sweet conversation
That brings this sensation, oh no
Its just the nearness of you

こんな感じが起こってくるのは
甘い言葉のせいじゃない
君が間近にいるからなんだ

When youre in my arms and I feel you so close to me
All my wildest dreams come true

君が僕の腕のなかにいる
こんなに近くに君を感じている
狂おしいほど夢見たことなんだ

I need no soft lights to enchant me
If youll only grant me the right
To hold you ever so tight
And to feel in the night the nearness of you

僕に魔法をかけるなら
柔らかな月明かりでなくていい
こんな風に強く抱きしめ
一晩中、君の間近にいることを
もし君が許してくれさえすれば

【Lee Chang-Dong】ペパーミントキャンディ


10月13日。
那覇まつりライブ当日。

RBC市民フェスティバル「オリオンビアパラダイス」

希望と絶望について考えている。

なぜか今も会社にいる。
両親と弟家族が来沖しているというのに、
この連休、ずっと仕事に明け暮れてしまった。

それでも
希望と絶望について
想いを巡らせたい心境だ。

昨日は寝不足なアタマで
イ・チャンドン監督の「ペパーミントキャンディ」を観た。
疲労がたまっているからだろう…途中何度も意識が飛んでしまい、
再生を繰り返したので、見終わったら夜中の4時になっていた。

それでも観たかった。
何かしらの答えを求めているのだろう。

映画はうってつけの内容だった。
「シークレットサンシャイン」を凝縮したような【絶望の変遷を辿る】映画だ。

      ●

冒頭、いきなり主人公の投身自殺からはじまる。

1999年40歳になった主人公が、絶望のすえ自殺する。
20年前、希望を胸に膨らませた想い出の場所で。

映画は【絶望】の40歳から【希望】の20歳までを
記憶を遡るカタチで進行する。

徐々にすり減っていく【希望】。
【希望】とはなにか?

淡い恋心を抱いた20歳の主人公は
彼女への想いに未来を描く。それが【希望】だ。

    【希望】とは、未来への架け橋。
     人は【希望】なしには生きられない。

その後、時代に翻弄される主人公。
兵役に赴き、右足に銃弾を受け、誤って高校生を銃撃してしまう。
その衝撃からおのれの【希望】がすり減っていく。

初恋の相手とのすれ違いは
相手を傷つけるカタチで終焉を迎え、
なかば自暴自棄な状態で身近な女を手込めにする。

やがて、その女に子供ができるが、
【希望】を見いだせない相手に愛情が芽生えるはずもなく、
心の空隙はどんどん広がっていく。

株で儲け、事業を拡大し、秘書を愛人に迎え、
手垢にまみれた人生を歩みながら、
どこかで【希望】を期待していたのだろう。

時代の波に呑み込まれるかのように
株が暴落、友人の裏切りによる破産、そして離婚、と状況が一変し、
…ついには【絶望】だけが心に横たわっていた。

そこへ追い打ちをかける
初恋の相手の死。

想いが通じ合っていた女性を
冷たくあしらい彼女を傷つけ、
自らも【希望】をすり減らし生きてきた。

その精算は、【絶望】というカタチで
主人公に大きくのしかかってきた。

    regret…後悔しても、報われない想い。

自らを死におとしめるしか、その想いを断つことは出来ない。

     ●

なんという【絶望の変遷】だろう。
人生はなんとむごたらしいものなのか。

「生きる」とは、どういうことなのか。