
駅舎はすでに取り壊されていて、
わずかに残ったホームの残骸に、死者を偲ぶ慰霊台が設けられていた。
ここまで海岸に近いと、ひとたまりもなかった…に違いない。
竹野に住まう舞台写真家の地域自治。

駅舎はすでに取り壊されていて、
わずかに残ったホームの残骸に、死者を偲ぶ慰霊台が設けられていた。
ここまで海岸に近いと、ひとたまりもなかった…に違いない。

5年、10年というスパンで
放射能の恐怖に怯えながら、自宅を整備する…という前向きな気持ちも、
これだけの倒壊を目の辺りしたら、一挙に萎えてしまう。
当然、故郷を棄て、新天地に希望を見出すしか、なくなるだろう。

障子という障子がやぶれかぶれ。
地震によるものか、津波によるものか、原発によるものか。
無言の訴えが、重たく響く。

赤いポストはビニールでぐるぐる巻きになっていた。
株式会社になったとはいえ、国寄りの立場。
ポストをただビニールでくるんだだけ…という姿勢が、
その立ち位置をよく顕している。

至る家屋に、環境省管轄の張り紙が。
「福島環境再生事務所」というひねったギャグは、笑えない。


2年5ヶ月も家主ナシの状態では、
木造住宅なんて耐久性もへったくれもない。
人が住まなきゃ、住宅だってやる気を失う。
崩れるのを待つだけだ。

痛々しい姿。
この本殿もセシウムに塗れている。

初発神社。
平成18年に福島県の重要文化財に指定される。
…が、2年5ヶ月の空白によって、
鳥居は崩壊したまま。
境内は荒れ放題。
本殿はベニヤ板が打ち付けられ、
とても文化財として維持するのは、無理。

2年5ヶ月ずっと閉ざされた門戸。
開かずの扉に草が生い茂る。