【bozzo】年越しの肖像 その1


年末年始は家族集って
雪山に響く除夜の鐘を聴く。

今年は贅沢にも、湯船に浸かりながらだった。

そんなひとときの家族の肖像を。

これは弟、直樹。
すでにりっぱな父親。

【GLOBE】写真は死んでいくのか?


2011年初頭の朝日新聞GLOBE。
「写真は死んでいくのか?」
興味深い記事。

特に岩合光昭さんのコメントに共感。

 超高画質のハイビジョンの1シーンを写真に焼いても、
 最初から写真として撮ったものと何かが違う。
 それは、『シャッターを切るという行為があるかどうかの違い』
 だとみる。

 『撮る側の集中力が、シャッターを押した瞬間に
  指からカメラに伝わり、写し込まれるんじゃないでしょうか?』
 

【1_WALL】公開最終審査


10月01日。金曜日。
映画の日、そして都民の日。

朝から「アリエッティ」を観てむせび泣く。
足るを知る…借りぐらしのメッセージに、
駿の偉大さを改めて感じた。

照葉樹林文化論といい、映画に込められた
ジブリのメッセージといい、
なんといっても完成度の高さといい、
日本の未来は明るい!と
単純に思った次第。

これだけの影響力をもって
子供たちにすり込まれたハヤオ節、
きっとイイ方向に向くはず。

日本社会のOSを総取っ替えしてくれるはず。
(OSってパソコンのオペレーションシステムね)

      ●

夜、ガーディアンガーデンで行われている
1_WALL」展の公開最終審査へ足を運ぶ。

東京へ来て、こういったイベントに
足を運べる環境なんだから…と、
物見遊山なノリで会場へ行ってみたのだけど、

正直、現代を牽引する「写真」の文脈そのものにも興味があったし、
自分の感性がその文脈と比べてどれだけズレたモノになっているのか…
みたいな自虐的な要素もあったのだけど、

会場へ入ってみると、埋め尽くす若者たち。
チャラ男チャラ女が目立つ目立つ。
審査中もバチバチとデジカメをFLASH焚いて撮りまくってたりして、
なんだか浮かれポンチだなあ…とおじさんな感想を抱いたりして、

そんでもってファイナリスト6人の写真が
どれもこれもパーソナルな殻に閉じこもった
内省的な写真ばかりで、やはりなあ、文脈違うな…と、
これまた突き放したような気持ちになったのだけど、

審査員の鈴木理策さんや町口覚さん、金村修さんが意外や意外、
けっこうまともなコメントを(ボクの文脈にあった)云っていて、

実際の写真展示を見てみたら、
感性に訴えかけている写真がやはりグランプリだな…
などと、悦に入った次第。

プレゼンテーションでいくら御託並べても、
肝心の写真表現で伝わるモノがなかったら、
やはり評価されないよねえ…と、その当たり前のことを
今回の公開最終審査で確認できて、とても良かった。

人間の感性、捨てたモンじゃない。

それにしても、ファイナリスト6人の写真、
対象が全員モノや光景。人間を撮っている人がいなくて、残念。

その中でもグランプリを獲った金瑞姫さんの写真だけ唯一、
他人の気配が映っていて、窓から差し込む光に未来を感じた。

そうそう。過去との関係性から写真は表出されるけれども、
未来へメッセージが残らなければ、意味がないのよね。

【bozzo】茅ヶ崎の夕景


05月31日。月曜日。
朝から日輪が東の空に、
穴を穿ったような鮮光を放つ。

強烈な週明け。

ビル清掃のお仕事は、
担当階の改装工事で朝から
ちゃぶ台をひっくり返したような忙しさ。

日輪の鮮光に目をつぶされたい思いにかられる。

      ●

背中の筋肉の硬直がなかなか治まらず、
何をするにしてもカラダがコチコチとなり、

「こりゃ、ぎっくり腰再発も免れまい」

とにかくこの緊張をリリースすることが先決
…と、千駄ヶ谷の東京都体育館へ。

東京移住以来、初の50Mプール。

月曜日の午前中ゆえ、人もまばら。
心置きなく背泳ぎを堪能。
背中の凝りを少しずつ解きほぐしてやる。

約1時間、水の中でのストレッチ。

おかげで腰もだいぶ軽くなって、
明日を迎えることが出来そうだ。

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5月のゴールデンウィークに
茅ヶ崎の海岸でキャンプをした。

その時に収めた写真が、
思いの外、空気を持った目線で
撮られていたので、FLICKRにUP。

0501CHIGASAKI

目指すべき写真の片鱗が、少しだけでも見えてきただろうか?

【bozzo】役者・内田周作


3月15日。月曜日。
曇り空から雨へ。気温高め。
フランネルのジャケットで過ごす。
明日はまた冷え込んでゆくらしい。

まだまだ不安定な日々が続く。
季節の変わり目は人を高揚させるが、
沈丁花の匂いがそれを引き起こしたりするから、不思議。

白木蓮の異様な立ち姿に少し引く。
川辺に立つソメイヨシノも心なしか背伸びしてる感じ。
15年ぶりに体感する東京の桜は、ほら、もうすぐだ。

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先週末は3つの撮影を敢行。
おかげで靭帯損傷の左足と慢性的な腰痛と
全間接に油が足りない感じと、なんだか肉体が弱っちい。

おいおい写真を交え紹介していくが、
まずは役者・内田周作の宣伝材料を撮った話から。

      ●

熱い男だ。

彼の役者に対する思いを聞いていると
こちらも焚き付けられて「うじうじしてちゃダメだ」と
気持ちが奮い立ってくるから、いい。

沖縄広告屋時代には、au沖縄セルラー電話のTVCMに出演してもらった経緯で知り合い、
その後オリオンビールのTVCMにも出てもらったり…と受注発注の醒めた関係だったけれど、
沖縄カメラマン時代からは、役者・内田周作としての熱い一面に芝居を通して体感したりして、
写真家&被写体との関係からもお互いRespectを深めるなど、どんどん距離が近づいてきた感がある。

そして今回、東京ではじめて会って、ふたたび撮影する機会に巡りあったのだけど、
内側で燠のように盛る秘めた役者魂は健在で、表層に滲み出る色気もますます濃くなっていて、
2010年は何かをやらかしてくれる予兆がビシビシと伝わってきて、撮っていて気持ちよかった。

彼曰く「演者として芝居に熱くなれる男が世の中には居るんだ…という事実をいろんな人たちに伝えたい」

そうすることで、パワーをもらえる人たちも多いはず…というのが持論で
心底芝居が好きな男なんだな…と、その純真さにうれしくなる。

東京で早く共鳴できる演出家に出会って、バリバリと時代を席巻する役者に成り上がってくれたら…と
ボクは期待しているのだけれど、ボクも彼以上の洞察力で、ポートレイトに熟達した写真家であらねば…と
元気をもらえる分、好敵手として意識してたりもするのだ。

いずれは沖縄に戻って、芝居環境のベースアップを図りたいと
志もどこまでも愛に溢れていて、ホントにこれからが楽しみな役者なのだ。

【Dub IT!】Likkle Mai レコ発LIVE@LiquidRoom


2月12日。金曜日。
恵比寿LIQUIDROOMへ。

元Dry&Heavyリクルマイさんのレコ発LIVEの
オフィシャルフォトを任される。

その錚々たる顔ぶれたるや。

01.Yossy Little Noise Weaver
02.The HEAVY MANNERS
03.Little Tempo
04.LIKKLE MAI
05.RSD(Rob Smith Dub)
06.KILLA SISTA
07.MIGHTY TWO
あいだをつなぐ大石幸司(littletempo)のセレクションDJ…

21時から06時までオールナイトのDub漬けである。

結果として、終了したのが朝の7時。
しかし疲れを感じさせない白熱したステージだった。

ただいま1000枚以上の写真を編集中。
追って順次紹介していきたい。

いやあ、濃厚。

【bozzo】SERENDIPITY(1)


11月6日。金曜日。
クリスマスイルミネーション
瞬く六本木ヒルズの夜景。

BGMはナットキングコールの
The Christmas Song」。

絵で描いたような
平板な情景。

Friday Nightを楽しもうと
上気した群衆を遠目に見る。

    ●

昨日今日と東京で活躍する
カメラマンと面会し、作品を評してもらう。

20年以上カメラで社会に対峙してきたプロの目線は、
当然のことながら手厳しいものだった。

ひとつひとつの言葉を
反芻しながら感じたことは…

狩人にも似た原初的な感覚だ。

「空間を捉えてないよね」
「目線に新しさを感じない」

…とは、被写体をどのように射るか
…という身体的な能力への評価。

それらの言葉から
カメラマンと言う職種の特異性を見た。

感覚を研ぎ澄まし、視覚だけでなく、皮膚感覚で対象を捉える。
それはまさにカメラを目と同化させ、シャッターを繰り返し押すことで得られる
鍛錬の賜物だ…と、合点した。

SERENDIPITYとは
港千尋著「予兆としての写真~映像原論」に書かれた言葉。

「兆候を読み取る能力」と訳されるその原初的な感覚は、
狩人の、獲物を的確に捉える力から著者は導き出しているが、

写真撮影という行為が
どこまでも身体的な感覚であるかを説いていて、
だからこそ写真家は、欲望に正直であることが
求められている…と。

現代社会を客体化し、
さらに狩人のような身体能力で
兆候を捉える。

ますます反社会的な存在を目指すようで、
行く末に不安も残るが…この辺りに答えがある。

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でも、何が撮りたいか…に尽きるんだけどね。
すると自然に身体能力というかアンテナも鋭くなるさ。