hardwoking everyday


もう3月も3日。
今週は、立ち止まることもできなかった。
気がついたら、土曜日の未明になっている。

激務の毎日だ。

充実した忙しさなら、
それもまた好し…とするが、
多忙の中にある空回り加減が、
気持ちを萎えさせる。

凝り固まったカラダをほぐすために、
合間を縫ってプールで泳ぐ。

1時間、カラダをゆっくり水になじませてみる。
右手左手を交互に回転させ、足をばたつかせて前へ、前へ。

この行為をどのくらい、続けてきたのだろう。

週に一度、淀んだ血液を覚醒させるべく、カラダを動かす。
酸素が肺の奥まで行き渡り、燃焼を繰り返す。
毛細血管の隅々まで、深紅の血流が活性する。

夜の市民プールは、入場者もまばらで、「しん」としている。

桁違いな高さの天井にぶらさがるナトリウム灯が、
青白い光で水面下の肢体を浮き上がらせていた。

同じ動作を繰り返し、コースを折り返すことに疲れたボクは、
仰向けになって、優雅に背泳ぎをはじめた。

遙か上方の天井を見つめながら、
水面を往き来する。

視覚と聴覚を奪われたカタチで仰向けになる背泳ぎは、いわば恍惚の泳法だ。

手探りで反復を繰り返すうちに、脳内にドーパミンが分泌され、「気持ちよく」なってくる。
その状態で、無駄に広い天井空間を眺めていると、泳ぎながら上昇していくような錯覚に襲われる。

ふわふわふわふわふわ…ふあ。

昇天しそうだ。

ガチガチに固まった脳みそも、
白子の塊のように、ぷるぷると柔軟さを取り戻し、
酸素を十二分に含んださらさら血液が、血管の収縮とともに、
すみずみまで行き渡っていく。

イキカエル…リ・バース。

この快楽があるから、どうにか生きている。
ホントに、そう思う。

おつかれ「ちゃん」です。

 女:おつかれさまです。
 男:おい、「おつかれさま」って言うな。
  「さま」なんて敬語使うから
  「つかれ」が偉そうに身体の中に居座るんだよ。
 女:じゃあ、おつかれちゃんです。
 男:ああ、おつかれちゃん。
 NA:おつかれちゃんなら、
   元気ハツラツウ。
   オロナミンC。
 
   (コピーライト:上田浩和)

ほんと、おつかれちゃんです。
風邪がはやってます。
周りの人間が、どんどん倒れます。
今日、妻も倒れました。

その余波が、そのうちコチラにも回ってきそうで
ちょっと恐いです。

だから、おつかれ「ちゃん」です。
早く「つかれ」とおさらばしたいです。

帰りたいけど、帰れない。
そんな心境です。

New York State of mine その3


ニューアーク空港へ向かう帰路の途中で撮った一枚。

ビリージョエルが「ニューヨークへの想い」を歌う。
遠くに摩天楼がかすんでいる。
まさにこの時、ボクもニューヨークを想っていた。

あらためてビリーの歌を聴くと、ニューヨークが蘇ってくる。

都会の喧噪にもまれ、時間に追いまくられ、仕事を必死になってこなして、
ぎすぎすした人間関係に一喜一憂し、考えるべき事があまりに多くて、
夕陽を眺めたり、犬と戯れたりして、精神のバランスを取っている。

…そんなときにビリーの曲が心にドカンと届いた。

音楽。

枯れてひび割れ、荒れ果てた土壌に沁み込む水のように、
シンプルなメロディとメッセージが、そのままストレートに浸透する。

窓外の摩天楼を眺め、また始まるであろう日常を疎ましく想像していた
あのときの孤立した心情が、ふわっとよみがえってくる。

こころのすき間は、あったほうがいい。
少しは不満があって、時々こうやって遠くを眺めたほうがいい。
それだけ音楽の力が、全身に沁み込んでいくのだから。

明日もまた、せわしない時間との戦いだ。

New York State of mine その2


休暇を取るとき、都会から逃れたいと思う者もいる
飛行機でマイアミやハリウッドに行く者たち…
だが、僕はグレイハウンドのバスで、ゆっくりハドソン川を渡って
マンハッタンを離れたい
僕の心はいつもニューヨークにあるから

高級車やリムジンに乗っている映画スターも見た
緑の美しいロッキー山脈にも登った
そして自分に何が必要かがわかったんだ
もうこれ以上無駄な時間は過ごせないと悟った
僕の心はやっぱりニューヨークにあるんだ、と。

旅先でその日暮らしに流される
だがそんな生活にリズム&ブルースは流れてこない
そう、そろそろ僕には都会の喧騒が必要になってきたみたい
ニューヨークタイムズや、デイリーニューズがまた読みたい

それは、ぎすぎすした現実感にあふれた生活だろう
でもそれでいいんだ、しばらく成り行きまかせの日々をすごしてきたからね
チャイナタウンでもリヴァーサイドでも、住むのはどこでもいい
どこだっていいんだ。一度はすべてを捨ててしまったんだから
でも今、僕の心は再びニューヨークに引き戻されている…

グレイハウンド・バスでハドソン川を渡ってマンハッタンに戻る
今、僕の身も心も、ニューヨークに戻ってきたんだ

(訳詞The Soul Searcher)

St.Valentine’s Day その3

 週末、散髪に行ったら
 いつも切ってもらっている
 古謝さんに、ひとこと言われた。

 「あらあ、ますますキューピーになってきたね。」

  …どうやら、頭髪だけが若返っているらしい。

 本日、御殿場入り。
 富士山のふもとに行く。
 霊験あらたかなり。

 効能あるか。
 
 

St.Valentine’s Day その1


あと数分でSt.Valentine’s Dayだ。
このログが書き終わった頃には、
しっかり当日を迎えていることだろう。

バレンタインの2月14日は
結婚記念日でもある。

毎年のことだから忘れないよう、
婚姻届を2月14日に出したわけだ。

先日の11日は母の誕生日であり、
ボクたちの挙式の日。

いわば記念日の重点期間。

本来なら、
しっかりとスケジュールを立て、
プランを練りに練った素晴らしい時間を共有すべき日。

それだと言うのに、
今は自分の仕事も回らない状況。

こぼれた企画を周りに振りつつ、
なんとか主要なものを進めていこうと
首尾良く進行しているつもりなのだが…。

周りの人間のスケジュール管理までは
首尾良く…とはいかないもんで、
結果、こぼれてしまった案件も出てきた。

…どうフォローしていくのだ。

まずは妻をフォローすべきなのに。
広告接待を要領よく収めていかないと
火種がどんどん飛んでくる。

…困ったもんだ。

Times Square その2


2月になった。
朝晩の冷え込みが、意外と応える。

自宅から会社まで、歩いて出勤をしているのだけど、
軽く身が引き締まる感じだ。

…おお、これってニューヨークの朝じゃん。

2ヶ月前の記憶が蘇ってくる。
あの日感じた、アタマの先から身の引き締まる寒さは、
NYへの憧憬と緊張から生まれた心地よいものだったが、

今日の朝、感じた「引き締まる思い」ってのは、なんだったのだろう。
寝不足と多忙による、自戒の念か?

昼食を摂りながら、ipodで雑音を遮り、しばし現実逃避。
こんな時に聴くクラシックは、見事に厭世的響きで胸に迫ってくる。

毎日、毎日、課せられた業務をこなし、それでも自身の成長を夢見、切磋琢磨する日々。
そこから見えてくる地平は、果たして至福の未来を与えてくれるモノなのだろうか?

…そんな疑問が湧いてきては消え、湧いてきては消え、
 それでも与えられた条件を懸命に生きようとしている。

終わりはない。
終わる時は、いなくなる。

…ってえとオレは、ゴールのない自己耐久レースに
いつのまにやら参加してヒーヒー言っているってことなのか?

…ふわふわとした思考状態で、答えのない問いを反芻している。

          …。

ピアノの旋律が、絶妙なハーモニーで脳内に快楽の電気を流す。
自己超克だけが生きる糧となってしまっては、いずれ破綻するだろう。
…それはわかっている。

いずれは、記憶力や思考力や判断力にも老化現象が現れ、愕然とするのだろうか?
もうそろそろ終焉(ゴール)をイメージする時期に来ているのか?

ただただ、多忙に身を任せている自分。
明日は、朝から九州は佐賀鳥栖への出張。

苦悩はない。
時間が惜しい。