
かつて所属していた早崎治氏の旧高井戸スタジオ。
今も昔のまま、使われていた。
【Jan_03】同じ構図に収まってみた

最期は家族全員でかつての実家の前に。
2014は波瀾万丈の幕開けだったけど、
ひとつの変化が起こる年だから、それなりの覚悟をもって臨まないと。
そんな心持ちを、この家が教えてくれたのかもしれない。
【Jan_03】“中山7-15-1”というタイトルの絵

終の住処として渾身の思いで建て育てた日本家屋の実家も、
2014年2月末に中古不動産の仲介を通して、引き渡される。
平成元年と共に歩んできた25年間。
さまざまな記憶がこの家には刻まれている。
そんな思いをひとつのカタチにして、
永遠に封じ込めようと、イラストレーターの佐藤芳さんにお願いした
“中山7-15-1”というタイトルの絵。
せめて手元に、この家のぬくもりを閉じ込めてほしい。
そんな思いで父母にプレゼントした。
【Jan_02】仙臺大観音夜景

中山の実家から見えるこの光景。
犬の散歩の帰り道、何度目にしたことだろう。
遠くライトアップされるこの白い巨像に、世の中の歪みを見透かし、
リトルトウキョーとして諂う「仙台」という土地柄に嫌気がさした。
そんなこともあって閉塞感ただよう仙台から、オキナワへ居を移したのだった。
【Jan_02】ジュン
【Dec_30】書_by_bozzo

bozzo小学生の書。
今よりも確実に上手い。
【Dec_30】illusted_by_bozzo_2

bozzo4歳の作_その2。
【Dec_30】illusted_by_bozzo

bozzo4歳の作_その1。
【遠藤ミチロウ】父よ、あなたは偉かった
ボクにはもう、一片のユートピアも残されてはいないのです。
憎しみ合うことにしか、生きてる実感が感じられない、この貧相な体と、ネズミの餌にだけしておくのは、もったいないと、
チヤホヤされるたびに手をこすり合わせて神頼み、神経質な潔癖症の女子高生の真紅なトサカのような陰部に、
何度も何度も頭を突っ込んで、おしげもなくしぼり出した精液を、結婚式のウェディングケーキの生クリームの中に塗り込んで、
あなたの夢見た人生の幸福を、参列者全員で祝福するのは実に白々しいと、今にしてボクは思うのです。
傷口から、ウジ虫がムクムクと湧き出して、それが真っ白いゴハン粒に見えてしょうがなかった地獄の戦場から舞い戻り、
平和を謳歌する建て売り住宅街の一本道で、ヒソヒソ話をする中年ババアの口の中に、
役に立たなくなった領収書の固まりを無理矢理押し込んで、今夜のおかずはきっとサンマの南蛮漬けだと心を踊らせながら、足早に帰る姿を、
こっそり、こっそり誰かに見られたのではないかと、ついつい不安になってしまい、登校拒否症の息子をかかえた不幸な一家が金属バットで血塗られたニュースを、
まるで他人ごとのように憐れむ妻の垂れ下がった尻に、フロフキ大根の空虚さを感じているのを、ボクは知っているのです。
ナショナル勃起 ナショナル勃起
ナショナルキッドのオチンチン
ユーゴスラビア ユートピア
悪魔の描いたユートピア
ナショナル勃起 ナショナル勃起
ナショナリズムのエゴイズム
バナナのチンチン バナナのチンチン
皮をむいたら腐りだした
小学校しか出ていない故の、人生の悲哀を、決して自分の子供には味合わせていけないと、コツコツと貯め込んだ郵便貯金の通帳に、
もう何も残されてはいないと気がついた真昼間に、ニキビ面をした暴走族の一団が、口笛を吹きながら大通りの真ん中で、
パトカーといたちごっこを繰り返す様を見て、動物園のヘビのようにおとなしく、
することさえ忘れてしまった痴呆症の老後をたった一人で過ごさなければいけないんだと、
固く心に誓う淋しさを、押入れに大事にとってあるアルバムに貼り付けることはできないんだと、
年がいもなくメソメソと涙腺をゆるませているのは、情けないことではないのです。
愛国幻想! 愛国戦争!
ボクのおこした数々の親不孝を、「昭和」の悲しいメモリアルなどとは呼ばないでください。
美空ひばりが「悲しい酒」を唄うたびに流した涙のしずくを、自分の過去とすり替えて、場末の安酒場でのみこんだ後で放尿する快感は、
何ものにも替えがたいと告白するあなたの正直に、日本の庶民のつつましさをみた、と批評する評論家のいいかげんさを、
手っ取り早く抹殺したくて、止めるのも聞かず一目散に家を飛び出して駆け込んだ書店に
丸尾末広の「ナショナル・キッド」と「少女椿」が山の様に積み上げられていて、
セーラー服を着た女子高生の一群が、「キャー」「ウソーッ」「ねぇ、見て見て!」「マジーッ?」と
叫びはしゃいでいる光景を目の当たりにして、ボクは思わずにいられませんでした。
『昭和は遠くになりにけり』
鼻クソをほじるように快楽をもてあそび、ティッシュペーパーで精液を拭い取るように悲劇を使い捨て、
しっぽのはえた知恵おくれの子供の未来に、一寸先の闇を残してはいけないと、消毒液でツルツルに磨き上げ、
年をとるごとにブクブクと肥えていくオフクロの皮下脂肪を嘆くあまりに、
ニシンになりたい、ニシンになりたいとこぼしながら、ポリポリと数の子を貪り食う正月の神棚に、
今年こそは人類が破滅しますようにと祈りをささげるわびしさを、
あなたと一緒に感じたくて、ボクはとうとうやってきたのです。
父よ、あなたは偉かった。
ボクには一片のユートピアも残されてはいないのです。
父よ、あなたは偉かった。
ボクには一片のユートピアも残されてはいないのです。
父よ、あなたは偉かった。
ナショナル勃起 ナショナル勃起
ナショナルキッドのオチンチン
ユーゴスラビア ユートピア
悪魔の描いたユートピア
ナショナル勃起 ナショナル勃起
ナショナリズムのエゴイズム
バナナのチンチン バナナのチンチン
皮をむいたら腐りだした
※※※
写真は父方の祖父。
祖父は職業軍人であった。
【長文】03/11を迎えるにあたって思うこと

1969年に生まれた。
70年代、80年代の経済一辺倒の時代に教育を受けて育った。
上の写真はおそらく75年頃の家族写真。
両親は理想的な核家族で
父親は一流企業の終身雇用を受け、
給料の年次昇給は約束されていたし、
母親は専業主婦で、家庭や子供の教育に
まなざしを注ぐことができた。
右肩上がりの約束された未来のために「貯蓄」は美徳とされ、
学歴を刻むことが将来を保証するかの如く、
絶えず上を目指すことが親の望みであり、子供の望みでもあった。
「将来は何になりたい?」
子どもたちの描く将来像は、判で押したように同じだった。
「野球選手」「お嫁さん」が常に上位にはいった。
理想的な家庭とは、目の前にある両親が築いた家庭であり、
社会全体がその輝ける理想に邁進していた時代だった。
バラ色の21世紀は、見事に一元化されていた。
90年代、登り切ったジェットコースターが奈落に落ちるかの如く、
ガラス細工の「理想の未来」は粉砕し、暗黒の世紀末が人々を震え上がらせた。
「地下鉄サリン」や「酒鬼薔薇聖斗」がノストラダムスの終末論をうながし、
デスメタルな除夜の鐘によって、「バラ色」の21世紀が普通にやってきた。
そして、911。テロリズムの跳梁跋扈…。
●
2012年3月11日。
東日本大震災からもうすぐ1年。
戦後から今までの歩みを振り返ってみると、
この現状は来るべくして来たように思われる。
まさか、せっせと貯め込んでいた日本の貯蓄が
アメリカの軍事費にどんどん回されていた…だなんて。
資本主義の基幹がアメリカの軍事産業だと知っていたら、
その「炉」の炎に焼べる薪が、世界一の貯蓄高を誇る日本のカネだと知っていたら。
世界の秩序を守ると息巻いて、
大戦以後もどんどん戦争をしかけ米経済を回し、
ドルの影響力を知らしめ、紙幣を世界中に配って外貨を稼ぎ、
さらにそのカネでもって戦争をオッ始める。
そのアメリカのお膝元で
せっせと薪を焼べていたのが、日本だとは。
●
「将来は何なりたい?」
そんな屈託のない問いに応えるように
年次昇給の大半を貯蓄にまわし、バラ色の未来を思い描いていた
ニッポンの愚直なサラリーマンは、
露程の疑いもなく日常を「やり過ごし」ていたのだ。
…嗚呼、戦後67年。
資本を増やすこと、営利を求めること、
…が「正義」で、ここまで来た。
ああ、…ここまで来てしまった。
もういいだろう。
しっかりともう一度振り返ろう。
「過去を書き換えるように未来を書き込んでいく」のだ。
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「市民と市民の直接のつながりを考える思考(=Non Government)」
「社会的分配の公正をめざす思考(=Non Profit)」
人間社会には元々、「行政=公益」と「産業=私益」にバランスを取る「市民=共益」が必要なのだ。
なぜ、60年代、70年代の経済一辺倒の教育に、
この目線が含まれていなかったのだろう。
このオルタナティブな思考こそが、
今を切り開く唯一にして最良の道である。
少しずつだが、芽は出始めている。
「市民=共益」の視点。
それを為すためには、どのような思考が必要なのか。
67年の出遅れではあるけど、ひとりひとりが愚直に今を捉えれば、
きっと道は拓ける。
そこには、イノセントな眼差しこそが必須なのだけれど…ね。

