
上田晃之『戦争と一人の女』@APOCシアター
終演後の茶会記面々、上田氏、福地氏、ヤマシンさん。
坂口安吾作品を舞台化、一人の女を4人が演じるという意欲作。
正直、坂口安吾の作品は読んだことがなく、
この「戦争と一人の女」がどこに着地したいのか分からなくて、悶々としてしまったのだけど、
「戦争」という状況を虚無的に受け入れ、
存在の肯定を得られぬまま性欲を貪る男と女の無常観というものがあるのだろうか?
人間は堕落する。義士も聖女も堕落する。それを防ぐことはできないし、
防ぐことによって人を救うことはできない。人間は生き、人間は堕ちる。
そのこと以外の中に人間を救う便利な近道はない。
と『堕落論』にあるように、
徹底的な虚無からしか肯定は生まれ得ない…ということなのか?
戦争に負けたから堕ちるのではないのだ。
人間だから堕ちるのであり、生きているから堕ちるだけだ。
…とは、ある意味言い得ているようで擁護しているとも取れるのだけど、
〝人生の真実〟を見るために、
「娼婦」というひとつの破壊的衝動を受け入れ堕ちるところまで堕ちすべてを受け入れ、
“敗戦”をも受け入れることでリバース(再生)すると云うことなのか?
そのような決意をもった『堕落』が描かれていたのか?
どうも、安吾を知らないだけに、これ以上藪蛇な思考はなんなのだが、
明日が311であり、戦争を天災と受け入れる感が見えたので、
「人間のありのままの混沌を永遠に肯定し続けて止まない所の根気の程を、
白熱し、一人熱狂して持ちつづけるだけのこと」
と手放しできない印象をもった。
そうそう客観視していて何が変わるのだろう?
観念に陥る男と、欲望に走る女という相関もいただけない。
坂口安吾、もうすこし追求してみたい。
12日まで残り4ステ。