
岩井俊二監督「friends after 3.11」を観に行く。
出演者のコメントが濃い。
総勢18名のそれぞれの立場で、
震災後のニッポンの現状について語っているのだけど、
映画は当然時間が限られているから、
「かいつまんで」見せるしかない。
それでもひとりひとりの存在から立ち上がってくる
auraというものが映像にはちゃんと描かれていて、
言葉の重み以上に、そのひとが持つ「存在意義」に観る者は心打たれる。
ひとりひとりは貴い存在。
だから、自分の出来ること、
信じるコトを推進している。
18人はそれぞれ、
この大震災で、
雷に打たれて開眼した人たちだ。
だから、観る側は勇気づけられる。
「おかしい」と思うことを「おかしい」と言ってくれる存在。
その当たり前なコトが、
くだらない「しがらみ」で言えない現実。
その通底を脅かすものは「カネ」だと、実感した。
「カネ」によって社会全体が動かされているから、
「カネ」の損得が真っ先にアタマに浮かぶ世の中だから、
「カネ」を得るための振る舞いを覚える。
脱原発の宣言をした城南信用金庫の吉原頭取は語る。
「損得なしに企業は成り立つんですか?という質問をマスコミから良くされるのだけど、
会社は損得より先に「こころざし」ありきじゃないんですか?と言いたいのです」
「会社は社会に対しての「こころざし」があって設立されるもの。
カネ勘定を第一に考え、損得で動くこと自体、もうすでに「カネ」に毒されているのです」
あああ、嘆かわしき現代社会。
いまやキッザニアで子供時分から「カネ」の扱いばかりに目が行っている世の中だ。
なによりも先に「カネ」の皮算用でそろばんをはじく思考回路になっている。
「カネ」よりも「こころざし」だと、頭取が語るこの理屈こそが「本当」なのに。
ボタンのかけ違えどころか、
敗戦国家ニッポンは、
カネに目がくらんでしまうほど
心に余裕がない貧小な国家だったのだ。
今からでも遅くはない。
悔い改めて、その煩悩を捨て、
「こころざし」を育てよ。