【Nov_03】『四谷のサティアン』OpenningACT


『四谷のサティアン』OpenningACT大盛況のウチに終演しました〜!
コロナ禍の鬱屈した情況が「水槽の中で悶える金魚」のようだ…とか、
「コロナ以後の世界を表した作品」とか、
現実を客体化する要素を多様に含んだ作品だったかと。
公演前の隆夫さんの揺らぎを身近に感じる貴重な体験でもあり、やって良かった。
吉田君、裕美ちゃん、知美さんにはお世話になりました。
福地さん、玲さんも有難うございます。

展示は14日まで続きます。今週いっぱい撮影で在廊出来ず。
来週からベタ付けします。是非〜!
写真は和田さん撮影。
#photobybozzo #photobywada

【Oct_18】立石裕美『イチキューロクマルVol.4』途中経過発表会


立石裕美『イチキューロクマルVol.4』途中経過発表会

2015年日暮里d倉庫初演から、カフェアリエ、BankART、テレプシコール…と関わってきた作品。
「自ら陶酔し観客を陶酔させること」に疑問を抱き、1960年代のアメリカのムーブメントに共鳴し始まったこの『1960』は、
5年の月日を経て、「管理体制などの国家システムに人生をかけて反発」する姿勢を先鋭化させた。
作品後半のケチャップとの死闘は、国家システムでこそぎ取られた内面の顕れだと、ボクには感じた。
血みどろの闘いを経てでも守らなければならないものが、あると思う。
摩耗するな、日本人。

#photobybozzo
#サル化する世界

1960年代、若者や芸術家の叛乱が世界中で繰り広げられた。
高度経済成長期の真っ只中、テレビの普及によって情報が錯綜し
ベトナム戦争や社会での出来事がリアルタイムで伝わるようになった。
そんな中、ニューヨークのジャドソンチャーチで起こった革新的なダンスのムーヴメント。
その中心人物であったトリシャ・ブラウンとイボンヌ・レイナ―のした仕事や実践から
私は次のような事柄に興味を持った。

立つ、座る、横になるといった身体の基本的な動作からダンスをつくる。
パッションやセクシーさを見世物にしない。身体こそが唯一リアルなものであり続ける。
ダンスそのもののために文章を書き線を描く。

躍動の時代に冷静である事で新しいダンスを導いた。
そして当時の日本で若者や芸術家のした次のことに興味が湧いた。

フォークゲリラと名のる若者が公共空間を占拠しその機能を中断させた。
日本で舞踏を確立した土方巽は関節を曲げずに歩行し肉体行為の中心に「硬いもの」を求めた。
彼らは力による管理体制などの国家システムに人生をかけて反発した。

私はこれまでダンスで舞台に立ちダンスを教え報酬を得て生きていた。
回り、飛び、必要以上に大きなアクションをし、身体を酷使し、
自ら陶酔し観客を陶酔させることをダンスだと信じてやってきた。
けれどそれに何の意味も見いだせなくなっていき、
場合によっては観客に対し誘惑ともとれるような行為に不快感を覚えるようになった。
そのうちに身体が動かなくなった。

私の身体は昔から突然、一瞬だけ意識がなくなり身体が硬直する。
その度に色々なモノに身体をぶつけ、持っていたモノを投げ飛ばし怪我してきた。
全て無意識で覚えていない。

土方巽が「硬いもの」を求めたように自らの身体を意識して固めてみようと思った。
ただ淡々と身体を硬直させ、突然脱力するという行為を繰り返してみた。

(立石裕美)

【Oct_18】宇野邦一@旧中西夏之アトリエ


宇野邦一さん『幽かな身体』
…南半球の世界地図では日本は逆さに表示されていて、
インドネシア・フィリピンから連なる島嶼の国として、
とてもかぼそい存在であるのだけど、
中西夏之の後期作品はその日本の幽かな身体性を表していると。
その逆説が土方巽に通じるのだ。


#photobybozzo

【Oct_08】「偶然とは根源的社会性」つまり「現実の生産点」である


『急に具合が悪くなる』読了。
死に至る偶然性を通して、生きていることの偶然性を照射し、
「偶然とは根源的社会性」つまり「現実の生産点」であることを、
2人の著者の往復書簡で共時的に繙かれた書。

「私が『いつ死んでも悔いが残らないように』という言葉に欺瞞を感じるのは、
死という行き先が確実だからといって、その未来だけから今を照らすようなやり方は、
そのつどに変化する可能性を見落とし、
未来をまるっと見ることの大切さを忘れてしまうためではないか、と思うからです。」
(宮野真生子)

分岐する未来を考え、リスクを計算し、複数の可能性を考慮し、
出来るだけ安全に生きていけるようにする。そうやって自分を守ることの、
何が薄っぺらいのか、と反論したくなる人もいるでしょう。
ええ、たしかに、そこでは未来という広がりが射程に収められてはいます。
しかし、それはあくまでも「自分」にとっての未来であり、
自分一人が流れる時間のなかを生きていると思っていませんかと私は問いたい。
(宮野真生子)

西田幾多郎⇒九鬼周造⇒三木清⇒木村敏⇒宮野真生子の京都学派の系譜に流れる【あいだ】の思想。
出会った他者を通じて自己を生み出す間主体性が「時」を生じさせているのだ…というビジョンの美しさ。
コロナ禍によって、リスク回避を最善とし、
身内の死よりも自身の生を選んでしまうエゲツない社会の存様の中で、
【偶然性】こそが己の生を引き受ける根源的な営みなのだと、
その開かれた「生きよう」を身を以て体現された哲学者の尊さに、涙。
「人間が利己的であるか否かは、その受取勘定をどれほど遠い未来に伸ばし得るか(三木清)なのだ。

#photobybozzo

『四谷のサティアン』_bozzo photo exhibition nov.1-14@綜合藝術茶房喫茶茶会記


『四谷のサティアン』_bozzo photo exhibition nov.1-14@綜合藝術茶房喫茶茶会記

2012年から今年までじつに様々な撮影をしてきた喫茶茶会記。
2014、2015年には『四谷の湿った放屁』として個展も開催。
その独特な風土にインスピレーションを受けてきました。
コロナ影響により、2020年末で大京町からの移転を余儀なくされた愛する場所に、
大いなるリスペクトをもって、今まで取り組んできた作品【サティアン】を展示します。
移転後の取り壊しも決まった茶会記を永遠に封印すべく、
希有なダンサーである川口隆夫さんをモデルにした新作を撮影。
自身も集大成となる写真展です。

沖縄から東京に基軸を移し、
拠所となった場所、四谷大京町茶会記。
サティアン=真理の源となった創造の泉を、
四谷に封印する集大成。

【bozzo】1991年多摩美GD卒。カメラマン助手、Gデザイナー、アートディレクターと、
職と土地を流転し、2009年夏より沖縄から東京へ。写真家として独立。
ダンス、演劇、音楽など舞台撮影を主な分野とする。
「写真には見えないものを見せる力がある」が信条。→www.bozzo.jp

◉オープニングACT
川口隆夫パフォーマンス
11月3日(祝)14:30よりSTART
¥2,000(ドリンク別)
要予約→info@bozzo.jpまでご連絡ください。(定員20名)

2020年末で移転決定。
総合藝術茶房喫茶茶会記
15時-24時OPEN・会期中無休
新宿区大京町2-4-1F
TEL03-3351-7904
gekkasha.modalbeats.com

#photobybozzo

【Sep_17】bozzo_photo_exhibition『四谷のサティアン』


個展やります〜『四谷のサティアン』Nov.1-14_2020@綜合藝術茶房喫茶茶会記。

今までの集大成的展示になる予定。
15日夜中、茶会記にて撮影してきました。
詳細はのちほどイベントページにてUPいたします。おたのしみに。
#photobybozzo