【Feb_23】束芋×森下真樹_映像芝居『錆からでた実』アメリカツアー


束芋×森下真樹_映像芝居『錆からでた実』アメリカツアー@LA_REDCAT

構想/束芋&森下真樹
構成・演出・美術/束芋
振付/森下真樹
音楽/粟津裕介&田中啓介
ダンス/間宮千晴

舞台監督/河内崇
照明/三浦あさ子
衣裳/堂本教子
音響/堤田祐史
制作/芋々
プロデューサー/高樹光一郎
ツアープロデューサー/宮井太(ジャパンソサエティ)

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写真UPしました〜!
【on_Flickr】0219_REDCAT

2月はまだまだコロナに冒されておらず、このような平穏な時間をLAで過ごしていたのかと思うと。恐ろしくなるわ。

【Apr_03】厳格主義と寛容主義


不安社会が続くと人々はますます白黒付けたがり、
異質なものをどんどん排斥してしまうだろう。

不安は常に緊張を強い、身体は硬直し、感情の劣化を伴う。
寛容は気持ちを緩やかにし、身体に余裕が生まれ、感情に幅が出来る。

目指すべきはどっちだ?

以下。

ルールが厳格化するほど、異質さに触れる可能性が減ります。
すると、異質さに対してますます神経質になって、不安ゆえにルールが厳格化されます。
こうした悪循環が回っているんじゃないでしょうか?
不安ベースよりも信頼ベースの社会が、やはり良いと思うんです。

厳格主義の社会では、人々からの承認が減る分、重い罰を畏れて、人は悪いことをしなくなる。
寛容主義の社会では、人々からの承認がみずからを支えているからこそ、人は悪いことをしなくなる。
処罰をあてにするより、承認をあてにする社会が、良いと思いませんか?

(宮台真司『教育をめぐる虚構と真実』より)

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【2014Dec.21】将軍ガールズ


将軍ガールズ@中野テレプシコール(神山貞次郎一周忌)

高松真樹子さんとつながって『将軍』の存在を知り、このときのダンスはそのキャバレーを再現したものだとガッテン。
檀原照和さんの黄金町でのトークを読んで、さらに納得した次第。
土方さんも生計立てるためにキャバレーで踊ってたんですね。
慶人さんと土方さんの関係も面白いと思いました。

舞踏とキャバレー:貴重な証人たちが語る知られざる歴史の詳細-序(2016年4月2日ー構成・檀原照和ー)

以下抜粋。↓↓↓

土方巽の弟子たちが、
金塗りでキャバレー廻りをしていたことはよく知られています。
しかし土方が7軒とも8軒とも言われるキャバレーを自ら経営していた事実は余り知られていません。
土方の店では何が行われていたのか?キャバレーと舞台公演はどんな関係にあったのか?
こうしたことを証言していただく機会を設けました。

↓↓↓

舞踏はある意味純粋な芸術とはちがった側面、いかがわしい側面や前衛的な側面がリンクしながら成立していたものです。
「これは純粋なアートで綺麗なものである」とか「これはいかがわしいもので、出来ればない方が良いんだ」とか、
そんな風に簡単に切り分けられないのが舞踏という形で成立していたし、キャバレーでは芸として成立していた。

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僕はそれをひじょうに面白い問題提起だなと思っています。
コンテンポラリーダンスというものが舞踏の後に出てきたんですけれども、
それが萎んでしまったその背後に高尚なだけのものではなくて、いかがわしさであるとか、
猥雑性であるとか、娯楽性であるとか、芸能性といったものを排除して
「これは芸術なんだ」と考えてしまう傾向があったんじゃないか、
と僕は最近考えるようになってきていまして、
檀原さんのお話に共感して「ぜひやりたい」と思って司会という形で関わることになったんですね。

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慶人 僕より10歳上が土方巽。それからまた23歳上が大野一雄なんだ。
僕に言わせると土方巽と大野一雄は夢見る人なんだ。現実味が全然ないんだな。平気で夢みたいなことを考える。
 僕はいつも「お金はどうするんですか? やりたいのは分かるけどお金はどうするんですか?」と言って
お金の都合のことばかり考えてるんですよ。
僕は横浜で17年間実業をしてましたからね。ある意味、事業で成功してた訳ですよ。
お陰で銀行行けば借りられるんですよ。
だから土方さんが「将軍」やったときは冷や冷や。冷や冷やよ。(会場笑)だから近づかないようにしていた。

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武藤 娯楽というものが風俗と芸術に分裂して、真ん中が失くなっちゃったなという感じがしますね。
真ん中の一番混沌としていた部分が薄くなっちゃって濃くて脆い両端が残ってしまった。


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【Mar_30】新型コロナウィルス


再掲。

例えば、英語でダーティーと言えば、「汚ない」という意味だけど、
それは〈dirt〉つまり土を形容詞化した言葉です。

土が忌避されるのはなぜかと辿っていくと、
微生物の存在に行き着く。

それは食物連鎖の頂点にあって、全世界が人間に仕えるためにあると言った
文明の幻想を脅かすのが微生物だからです。

弱肉強食という言葉の通り、人間だけがすべてを食えるが、
何物にも食われないという強者の奢りを、
進化のピラミッドの一番下にあったはずの小さきものが脅かす。

文明はそうして抗菌とか滅菌とかいう思想に行き着く。

生物多様性というけど、その大部分は微生物だから、
結局、文明は多様性と相容れないような発想の上に成り立っているんですね。

(高橋源一郎×辻信一『弱さの思想』より)

【Mar_30】旧アスベスト館


舞踏の殿堂、アスベスト館。この外観は土方巽死後1990年に改築されたもので、
厳密に言えばすでに過去は微塵となったのだけど、
死後34年経って、その薫陶の燠火が微かに残っていた事実は有難い。
『衰弱体』となりゆく社会の中で、土方巽が残した燠火が再燃することを願う。
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