【Nov_13】貴を敬えば、賤を産むのは、世の倣い。大嘗祭、明日。


貴を敬えば、賤を産むのは、世の倣い。大嘗祭、明日。

会社に、新日窒工場に、かしこくも天皇陛下さまがおいでなさるから、祖母を、
(わたくしたちは婆さまとよんでいた)会社の沖の恋路島に連れてゆく、というのである。

不敬に当たるから舟に乗せて連れてゆく、いうことをきかなければ縛ってでも連れてゆく…。
女乞食のふところにいつも犬の子をむくむくと入れ歩いている。
犬の子節ちゃんも、小田代くゎんじん殿も、仏の六しゃんも、もうみんな舟に乗せて縛って連れて行ったという…。

恋路島では泳ぎ渡らぬよう見張りをつけて「めしだけはお上のおなさけで、腹のへらぬごと喰わせてやる」という…。
脳を病んでいた祖母がききわけるはずもなく、まして肉親に合点のゆくはずはなく、
「あやまちのあれば切腹しますけん」と父が約束して、その日わが家では表戸に釘打ちして謹慎し、
めくらの祖母はその日も無心に椿油の粕を煮立て、白い蓬髪を洗ってはまろいつげの櫛ですき流し、
いつもしているように古びた白無垢を胸に抱いて、幾度も幾度も袖だたみしながら、
やさしいしわぶきの声を立てていた。(石牟礼道子『苦海浄土』より)

【Nov_10】From France


フランスからFaure家族がお泊まり。
楽しい話を日夜。ルシリアも大きくなって、
お絵かき好きな女の子に。

#photobybozzo

【Nov_10】成田護と園田游


『板橋舞踏祭』@Dungeon
終演後の成田護さんと園田游さん。
ふたりとも昭和の息吹のこる鮮烈なパフォーマンスで、心底シビれた。
園田さん、扇風機を改造した装置が音を奏でる中、飄々と動く。
成田さん、ロウソクの火を身体に立て、爆音でゆらゆら動き回る。
ハラハラドキドキしました〜!

#photobybozzo

【Nov_10】狩俣道夫と実験躰ムダイ


『板橋舞踏祭』@サブテレニアン
狩俣道夫さんとMudaiさんとのセッション。
ゲネプロでは狩俣さん不在でどうなるのかなぁと思いきや、
本番ではとてつもない存在感で、Mudaiさんの動きを音でフォローしてました〜。
沖縄出身とな、もっとお話したかったわ。

#photobybozzo

【Oct_22】@セッションハウス


櫻井香純×三浦康嗣『レスリーケン』@セッションハウス

舞台監督/松澤和彦
音響/近藤海人
照明/渡辺菜生
宣伝デザイン/鈴木友唯
宣伝写真/石垣星児
制作/森平晶
協力/ササクレクト

写真UPしました〜!
【on_Flickr】1022_LESRIE_KEN

#photobybozzo

【Oct_22】レスリーケン


櫻井香純×三浦康嗣『レスリーケン』@セッションハウス

舞台監督/松澤和彦
音響/近藤海人
照明/渡辺菜生
宣伝デザイン/鈴木友唯
宣伝写真/石垣星児
制作/森平晶
協力/ササクレクト

写真UPしました〜!
【on_Flickr】1022_LESRIE_KEN

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【Oct_22】櫻井香純×三浦康嗣


櫻井香純×三浦康嗣『レスリーケン』@セッションハウス

舞台監督/松澤和彦
音響/近藤海人
照明/渡辺菜生
宣伝デザイン/鈴木友唯
宣伝写真/石垣星児
制作/森平晶
協力/ササクレクト

写真UPしました〜!
【on_Flickr】1022_LESRIE_KEN

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【Nov_07】胡波監督作品『大象席地而座』


29歳で自ら命を絶った中国の胡波(フーボー)監督作品『大象席地而座』。

村上春樹の短篇「象の消滅」から着想を得たと言ってるので、
イ・チャンドン監督作品『Burning』(納屋を焼く)と非常に近しいトーンで厭世的だ。
映像は終始「視野狭窄」な近視ピントで、常に周りはぼやけてる。
アウシュビッツの囚人目線で撮られた『サウルの息子』に近い。
つまり「いっぱいいっぱい」で自分以外目に入らない状況を絵解き。

「象の消滅」は、経営破綻した動物園が売りに出され高層マンション建設予定地となるのだけど、
老齢の象だけ引き取り手がなく、そこの自治体が不動産会社と共同で飼育係を雇って飼うことになるのだが、
1年後、飼育係共々消えて無くなる話。

「納屋を焼く」は不要になった納屋を人知れず焼く話で、
どちらも経済一辺倒のこの社会を揶揄しているのだけど、

「象の消滅」が秀逸なのは、展示会で知り合った独身男女が意気投合してホテルのBARでお互いを語り合うまでになったあと、
男が「象の消滅」の話題を振った途端、会話の流れが止まり、ふたりもそのまま別れてしまう…ところ。
要は、開発の異物となった老齢の象は、押し進める経済成長の障害でしかなく、
誰もが口には出さずとも死ンデ欲しいと思っていたわけで、それが飼育係共々消滅したのは、
この社会システムに殉じたようなもので、語る言葉を持たない。

象の消滅を経験して以来、ボクはよくそういう気持ちになる。何かをしてみようという気になっても、
その行為がもたらすはずの結果とその行為を回避することによってもたらされるはずの結果との
あいだに差異を見出すことができなくなってしまうのだ。
ときどきまわりの事物がその本来の正当なバランスを失ってしまっているように、ボクには感じられる。

(村上春樹著『象の消滅』抜粋)

「やれやれ、流れに逆らったところで、なんら変わらないじゃないか。」そういう気持ちだろう。

この社会を構築する源の共同幻想は、そもそもの着地点が偏狭で自己顕示欲過ぎ、
犠牲を伴うことでしか持続できない仕組みなんじゃないか。
1985年のバブル最盛期に吐露したハルキの言葉が、2018年の中国でコダマし、
作家は命を賭して映画を作った。

ブルドーザーが邁進する如く地球全体が「便宜的」に開発され、
今日も象が一頭消滅しているのだ、と思うと、生きてることが罪なんじゃないかと、
その根本を正さないと、もはや立ってられない。「而座」はその隠喩でもあるわ。

#photobybozzo