
下島礼紗『オムツをはいたサル』@YDC2017
振付・出演/下島礼紗
Competition2最優秀新人賞&
タッチポイントアートファンデーション賞W受賞〜!
写真UPしました〜!
【on_Flickr】0206_REISA
07/25には日暮里d-倉庫にて受賞者公演あり〜!
竹野に住まう舞台写真家の地域自治。

下島礼紗『オムツをはいたサル』@YDC2017
振付・出演/下島礼紗
Competition2最優秀新人賞&
タッチポイントアートファンデーション賞W受賞〜!
写真UPしました〜!
【on_Flickr】0206_REISA
07/25には日暮里d-倉庫にて受賞者公演あり〜!

伊勢崎賢治JAZZ@吉祥寺MEG
伊勢崎賢治(tp),田中利佳(p),鈴木堅登(b), 坂本貴啓(ds)
日米地位協定、護憲派の不感症、イスラム原理主義…と
人の道についてのトークを挟みながらのJAZZ炸裂!
世の中への怒りをTPでストリームする還暦間近のトランペッターは、
どこまでもソリッドに「権力を糾弾する」側に立ち続ける。
トークとダブルで強烈に響いたわ!
何より、『非戦≠平和』の話は至極ナットク。
誰も戦争をしたくてしてるわけじゃない、
戦争をするのは日常を取り戻すため。
「平和、平和」と連呼することは、
大事な何かを大きく損なうことになる…と。
日本が72年間、その事実を棚上げし「非戦」に固執、
争いをする生き物=人間を直視してこなかったのは、
相当な欠落であると。
いかに人道的に争うか…という観点がなければ、議論は成熟しない。
これって内田樹さんが云う
「もう負けないという気概でもってこそ平和が保たれる」と同じやね。
そのような決意なしに隷属してきたための未成熟さが、
ボロボロと露呈してきてるのが今。
マジで日米地位協定改定で主権を取り戻す気運を高めていかないと、この国の未来はない…と思う。

劇団山の手事情社公演「班女」@The 8th Gallery
作/三島由紀夫
構成・演出/大久保美智子
監修/安田雅弘
明日楽日を迎える『班女』の妙齢Ver.を観劇。
山の手ならではの解釈と動きに感嘆の声を上げてきたのだけど、
見終わって、はて?これは『みづうみ』の世界と近いものがあるわな…
と帰路に考えを巡らした。
川端康成の『みづうみ』は1955年に新潮社から刊行されているのだけど、
三島由紀夫はこの小説を「華麗な暗黒小説」と愛憎交えた感想で讃えている。
そして、翌年の1956年に『近代能楽集』は刊行されていて、
ボクは思うに『班女』は図らずも『みづうみ』に触発されている部分があるのでは?と踏んだ。
…というのも、『みづうみ』における銀平は
自分の妄想をひたすら成就するために「ゆきずり」の女を追い掛け、
最後まで自身の醜悪さと心の憧憬である「みづうみ」とのギャップに
「生きる」ことの意味を問うのだが、
この『班女』における花子も良雄を待ち続けることで、
決して成就しない自身の望みを糧に「生きている」と言えるからである。
演出ノートで大久保さんも記しているけど
「ネガティブが極みまで行くと反転して輝きを放つ」とは、
gojunkoの感想でも記した…
「生まれてきてしまった」負い目をひたむきに成就しようという、
地上の存在に成り切ろうという、不完全な自己への不完全ゆえの完結…を目指す、
生そのものへの全肯定があるのではないか…と。
晩年の川端康成がそのような方向性へと向かったのには、
やはり人生を「生き抜く」ことへの負い目がずっとついて回ってきたから、だと思うのだ。
『班女』を堪能して、自分にとっての生きる指針がひとつ加わったような、
そんな…鍵がひとつ開いたような、感慨をもった。
明日が楽日、2ステ。