【May_07】空虚な表層に覆い隠された自由と平等の実相@A界隈


ANTIBODIES_Collective「A界隈」@ラピュタ阿佐ヶ谷

写真UPしました〜!
【on_Flickr】0507_ANTIBODIES

振付/出演 東野祥子
演出/音楽 カジワラトシオ
美術/OLEO
映像/斉藤洋平 (Rokapenis)
特殊美術/古館健
特殊映像/関口大和
即興演奏/中原昌也
ドラマツルグ/石橋源士
出演/ケンジル・ビエン、吉川千恵、矢島みなみ、JON(犬)、もっしゅ、加藤律、FANACO、
   齋藤成美、みなみりょうへい、田路紅留美、威力、尾身美苗、松原東洋
美術スタッフ/ヤノタカオ、倉持佑二、西村立志
記録/アーカイブ/ naoeikka
助成/SAISON FOUNDATION
制作/ANTIBO HQ
主催/阿佐ヶ谷アートストリート実行委員会

【May_07】排除と許容の境界線上に立ちその空間を身体化する。


ANTIBODIES_Collective「A界隈」@ラピュタ阿佐ヶ谷

写真UPしました〜!
【on_Flickr】0507_ANTIBODIES

振付/出演 東野祥子
演出/音楽 カジワラトシオ
美術/OLEO
映像/斉藤洋平 (Rokapenis)
特殊美術/古館健
特殊映像/関口大和
即興演奏/中原昌也
ドラマツルグ/石橋源士
出演/ケンジル・ビエン、吉川千恵、矢島みなみ、JON(犬)、もっしゅ、加藤律、FANACO、
   齋藤成美、みなみりょうへい、田路紅留美、威力、尾身美苗、松原東洋
美術スタッフ/ヤノタカオ、倉持佑二、西村立志
記録/アーカイブ/ naoeikka
助成/SAISON FOUNDATION
制作/ANTIBO HQ
主催/阿佐ヶ谷アートストリート実行委員会

【May_07】ラピュタ阿佐ヶ谷@A界隈


ANTIBODIES_Collective「A界隈」@ラピュタ阿佐ヶ谷

写真UPしました〜!
【on_Flickr】0507_ANTIBODIES

振付/出演 東野祥子
演出/音楽 カジワラトシオ
美術/OLEO
映像/斉藤洋平 (Rokapenis)
特殊美術/古館健
特殊映像/関口大和
即興演奏/中原昌也
ドラマツルグ/石橋源士
出演/ケンジル・ビエン、吉川千恵、矢島みなみ、JON(犬)、もっしゅ、加藤律、FANACO、
   齋藤成美、みなみりょうへい、田路紅留美、威力、尾身美苗、松原東洋
美術スタッフ/ヤノタカオ、倉持佑二、西村立志
記録/アーカイブ/ naoeikka
助成/SAISON FOUNDATION
制作/ANTIBO HQ
主催/阿佐ヶ谷アートストリート実行委員会

【May_07】アウトサイダー@A界隈


ANTIBODIES_Collective「A界隈」@ラピュタ阿佐ヶ谷

写真UPしました〜!
【on_Flickr】0507_ANTIBODIES

経済活動の拡張に応じて再分割を繰り返してきたA界隈は、
いまやテーマパークさながらの様相を呈している。
そこでは不安を喚起させるものは直ぐさま強制的に排除されるであろうし、
その暴力を誰しもが柔らかく認めているだろう。
しかし理念的な根拠を欠いたまま強引に配置された秩序は、
選択して体験する自己能力の喪失を招き、
やがて拡大する混沌を予感しているのではないのか?
排除と許容の境界線上に立ちその空間を身体化する。
それは空虚な表層に覆い隠された自由と平等の実相を
無意識のなかに構造化することである。

振付/出演 東野祥子
演出/音楽 カジワラトシオ
美術/OLEO
映像/斉藤洋平 (Rokapenis)
特殊美術/古館健
特殊映像/関口大和
即興演奏/中原昌也
ドラマツルグ/石橋源士
出演/ケンジル・ビエン、吉川千恵、矢島みなみ、JON(犬)、もっしゅ、加藤律、FANACO、
   齋藤成美、みなみりょうへい、田路紅留美、威力、尾身美苗、松原東洋
美術スタッフ/ヤノタカオ、倉持佑二、西村立志
記録/アーカイブ/ naoeikka
助成/SAISON FOUNDATION
制作/ANTIBO HQ
主催/阿佐ヶ谷アートストリート実行委員会

【May_14】浪江町_請戸川の西日


男 君は誰?
女 誰でもないわ、まだ。
男 ここはどこ?
女 どこでもないわ、まだ。
男 では何をしているんだ、君はここで。
女 何もしていないわ、まだ。

  (中略)

女 あなたも初めてなのね、何もないって状態を目の前に見るのは。
  そのあわて方を見ればわかるわ。私もそうだった。
  始めてその扉の隙間から外をのぞいた時は、
  目の前のものが一体何なのか見当もつかなかったわ。
  扉の外には何もないのだということを理解するのに、
  随分時間がかかったわ。
  あんまり簡単すぎて、かえってむずかしいのね。

       (谷川俊太郎作・戯曲「部屋」冒頭抜粋)

浪江町駅前など町の東側は2016年4月1日からバリケードが外され、
誰でも出入りが出来るようになった。

2011年3月11日の震災、12日のF1爆発以後、時間が留まった状態で存った町は、
急速なピッチで、5年間のブランクを取り戻そうとしていた。

「解体家屋番号3-E-2」と記された傾いた家屋たち。

放射能に汚染され、住宅として住むこともできず、
もはや壊すしか手立てがない…というのは、理性では分かっているのだけど、
矢継ぎ早に重機で押しつぶされていく「かつての」住まいのなれの果てを見ていると、
壊すことで全てをリセットしようという、大きな圧力を感じてしまう。

「事物の世界の上にわれわれが存在していて、
われわれにとって重要なものに意味がある」

「観念の世界によってのみ事物が理解できるのだから、
われわれが事物に意味を与えている」

そんな人間至上主義の驕りを感じてしまう。

谷川俊太郎の戯曲「部屋」を、
浪江町に赴く前に読み返していた。

事物や観念は、人間がコトバで組み上げたフィクションである。
世界は、それよりも遙かに大きな存在として、ここに存る。

「観念の向こう側」にあるまったき世界。

人間がひとり残らず不在になったとしても、この世界はここに存るのだ。

「アンダーコントロール!」
制御できています。

すべてが人間の下位に存るかの如くな振る舞いは、慎めよ。
何もない=観念の向こう側が、本来の世界なのだから。