【中上健次】十九歳の地図


2月15日。月曜日。雨のち雪か。
凍えるような寒さが続く。
徒らに冷気ばかり吹き荒れ、四十の身体の節々が痛む。
…また雪になる…のか。それは本当か。

4時起きの「お務め」も1ヶ月が過ぎた。

たかが1ヶ月、されど1ヶ月。
始発通いもひと月続くと、それとなく顔見知りもでき、
なんとなく疎んじられる気配が伝わってきたり…する。

こちらも楽しくて始発に乗り込んでいるわけではないので、
そんな空気を感じても意に介さず、毎日同じ列車に乗り込むのだけど、
こんな微妙な人間関係も築けるようになったのか…と
1ヶ月継続の力を思い知る。

      ●

ビル清掃も同じコトが云えて、
1ヶ月反復横跳びを繰り返すように、
一フロア200席近い机のゴミを毎日集めていると、
主は見えねども、主の性癖がゴミから伝わってきて、

「この部長は紙の分別もできねえで、よく部下を従えられたもんだ」とか
「カンやペットボトルは所定のゴミ箱があるだろうに」とか
「だから、喰いカスは生ゴミ処理してもらわないと…こちらも困るんだよ」などと

朝日を拝む前から、ブチブチ心の中でつぶやいたり切れたりしている。

バレンタインデー明けの月曜日。
予想通り机のゴミ箱には様々なチョコの包みが無造作に捨てられていて、

「田中さんの毎日を陰ながら応援しています。がんばってください」とか
「室長の働く姿勢にはいつも感服しております。レイコ」とか
「あなたの時間を少しだけワタシにください。美佳♥」などと

チョコの空き箱に添えて、ご丁寧に手書きのお手紙まで放り込んである。

ま、そのほとんどは行きつけのスナックかバーの「商売女」からのもので
同じ筆跡のお手紙が部長と室長と役員室のゴミ箱から出てきたりする。

一流企業の人間だから「夜のお勤め」もお盛んなんだろうけど、
まあその空き箱の量たるや。モロゾフからゴディバからメリーズから…
それはそれは、お見事なものだ。

      ●

 部屋の中は窓も入り口の扉もしめきられているのに奇妙に寒くて、このままにしているとぼくの
 体のなにからなにまで凍えてしまう気がした。ぼくはうつぶせになって机の上に置いてある物理
 のノートに書いた地図に×印をつけた。いま×印をつけた家には庭に貧血ぎみの赤いサルビアの
 花が植えられており、一度集金に行ったとき、その家の女がでてくるのがおそかったので、ぼく
 は花を真上から踏みつけすりつぶした。道をまっすぐいった先に、バラック建てがそのまま老い
 朽ちたようなつぎはぎした板が白くみえる家で、老婆が頭にかさぶたをつくったやせた子供をつ
 れてでこぼこの土間にでてきた時も、ぼくは胸がむかつき、古井戸のそばになれなれしく近寄っ
 た褐色のふとった犬の腹を思いきり蹴ってやった。しかしぼくはバラックの家には×をつけなか
 った。それが唯一のぼくの施しだと思えばよい。貧乏や、貧乏人などみるのもいやだ。
                               〈「十九歳の地図」中上健次 〉

住み込みの新聞配達をなりわいにした十九歳の予備校生が、
持ち場の配達エリアで気に入らないお宅があると、自前の地図に×印を入れ、
「きさまのとこは三重×だからな、覚悟しろ」…とおどしの電話を入れる話。

この荒み切ったストーリーに高校生のボクは衝撃を受け、今に至っている。
振り返ってみれば、この衝撃から立ち位置は変わっていない…気がする。
「40歳の地図」よろしくオフィスビルの座席表に…「こいつは今日も×だ」と
書き込んでいるようなもんだ。

なにがそんなに憎いのか。
己自身、こんなにも恵まれた境遇だっていうのに。

 これが人生ってやつだ、とぼくは思った。
 氷のつぶのような涙がころがるように出てき、ぼくはそれを指でぬぐった。ぼくはそんな自分の
 仕草が紺野のまねをしているように思えて、無理にグスっと鼻で笑った。不意に、ぼくの体の中
 心部にあった固く結晶したなにかが溶けてしまったように、眼の奥からさらさらしたあたたかい
 涙がながれだした。ぼくはとめどなく流れだすぬくもった涙に恍惚となりながら、立っていた。
 なんどもなんども死んだあけど生きてるのよお、声ががらんとした体の中でひびきあっているの
 を感じた。眼からあふれている涙が、体の中いっぱいにたまればよいと思いながら、電話ボック
 スのそばの歩道で、ぼくは白痴の新聞配達になってただ突っ立って、声を出さずに泣いているのだった。

ストーリーの後半、予備校生が手当たり次第に配達先のお宅に電話を掛け、
「だから、おれは、おまえみたいなやつがこの世にいることが気持ちわるくって耐えられない」と
罵詈雑言を吐き、とにかく片っ端から在らぬ言葉をふっかけ、受話器を置いた瞬間、
体の中がからっぽになり、不意に、「ぬくもった涙」があふれてくるシーン。

このカタルシスを得たいが為に、ボクはこんな立ち位置で、今日もブログを更新している。
何かが決定的に欠落している。「血は立ったまま眠っている」だなんて、
ほざけた純潔に共鳴して、結局のところ社会にコミットできない蓮っ葉でしかないのだ。

いつまでも「十九歳」の感受性を保持してるだなんて、ええかげんにしろ…である。

【Tom Jobim】Ligia


 君を夢見たことはない
 Eu nunca sonhei com você
 今まで映画を観た事がない
 Nunca fui ao cinema
 サンバは好きじゃないし イパネマには行かない
 Não gosto de samba não vou a Ipanema
 雨降りは好きじゃないし 太陽も気にいらない
 Não gosto de chuva nem gosto de sol

 君に電話したことはないし 僕の知るかぎりでは試したことがない
 E quando eu lhe telefonei, desliguei foi engano
 わざわざ恋なんて愚かなこと
 O seu nome não sei
 しようと思ったこともない
 Esquecí no piano as bobagens de amor
 誰かが君に告げるようにはね
 Que eu iria dizer, não … Lígia Lígia

 穏やかな昼下がり
 Eu nunca quis tê-la ao meu lado
 手を繋ぎ君と出掛ける
 Num fim de semana
 コパカバーナのバーで冷えたビールを
 Um chopp gelado em Copacabana
 レブロンまで海辺を歩く
 Andar pela praia até o Leblon

 僕は夢中になったことはない これまでも
 E quando eu me apaixonei
 君と結婚するかもしれないなんて
 Não passou de ilusão, o seu nome rasguei
 避けられない問題として  僕はひどい痛みに苛まれることになるだろう
 Fiz um samba canção das mentiras de amor
 最後に君を失うから
 Que aprendí com você É … Lígia Lígia

 僕は苦しむことになる
 最後に君を失う酷い痛みに

 Lyric by Chico Buarque

【YouTube】Ligia / Tom Jobim

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2月6日、土曜日。
肌寒くも陽光が心地よく差し込む朝。

昨日は東京ビッグサイトで展示会撤去のバイト。
ここは冷凍庫か…と思うような、凍てつく潮風が吹きすさぶ。

カラダの芯まで冷たくなって、
ひもじい気持ちで新木場の駅から自転車で帰る。

夜中の明治通り、静まりかえった夢の島の倉庫地帯。
凍えた不惑のオトコの背中に、追い討ちの夜風の洗礼。

…世間は容赦ない。

せめて心だけでもあったまろうと
ipodでお気に入りのトランペッター五十嵐一生を聴く。

      ●

流れてきたのは「LIGIA」。
アントニオ・カルロス・ジョビン+シコ・ブアルキの名曲。

シーンとした国道で、ボクの耳からミュートの音が漏れる。

♪穏やかな昼下がり 手を繋ぎ君と出掛ける
 コパカバーナのバーで冷えたビールを レブロンまで海辺を歩く

頭の中にブラジルの陽差しが差し込んでくる…。

南国の甘い旋律、君との恋…。そよ風に揺れる椰子の木。
片手にはビールの小瓶…甘い香りがただようビーチで、
手をつないで、そぞろ歩き。

「…あああ、そうだった。」
寒空の下で、南国の記憶をひもとく。

イギリス人の友だちは今頃、
ブラジルの光の中、
カポエイラのリズムに身体を撓らせているだろう。

…トロっと、涙が心の中であふれる。

違和感とか異和感とか、言葉を紡いで
いろいろ考えをまとめようとしていたけど、
そうなんだよ、この充足の時…。

太陽に溶け込むような、地球との一体感。

音楽の旋律ひとつで、こんなにも呼応しあえる。

…ああ、がんばろう…。

この一瞬の至福のときを求めて、
ボクは呼吸し、生きている。

Jobim、すばらしいよ、あなたは。

【島尾敏雄】違和感と異和感(2)


柴田元幸氏サリンジャー追悼記事の一節に触れて以来、
頭の中が悶々としていた。言葉にならない「違和感」への〈異和〉感だ。

その間「朝のお務め」を繰り返し、
予約していた歯医者へ行って、思考(歯垢)のクリーニングも施しながら、
雲間の晴れるのを今か今かと待っていた。

ま、こんな時は本人の著作を読んでみるのが一番…と
地元の城東図書館へ行ってサリンジャーの文献でも漁ろうかと本棚を巡っていたら、

…吉本隆明氏の「島尾敏雄」論と鉢合わせた。

サリンジャーから島尾敏雄(吉本隆明)へ。
アメリカと日本の同時代の作家。

島尾敏雄   1917年04月18日生まれ。
サリンジャー 1919年01月01日生まれ。91歳。
吉本隆明   1924年11月25日生まれ。85歳。

島尾敏雄も生きていれば93歳だ。まさに同時代の作家たち。
この3人に横たわる史実といえば、「The World War 2」。

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島尾は1944年に第一回魚雷艇学生となり、特攻要員として奄美諸島加計呂麻島へ送り出される。
そして、特攻出撃の瞬間に立ち会いながらも赴くことなく、1945年敗戦を迎えた。

同じくサリンジャーも1944年ドイツノルマンディー上陸作戦への一兵士として激戦地に送られ、
ドイツ降伏後は神経衰弱となり、ニュルンベルクの陸軍総合病院に入院する。

どちらも「わたし」の死を覚悟し、「世界」を正面から受け止め、
…そして裏切られた、極限の精神世界を体験している。

「わたし」と「世界」との関係が、相思相愛の均衡を保ったカタチではなく、
自分の意志とは無関係のところで抛擲され、なじられる。
いっそのこと「死」を成就させてくれればいいようなものの、
「世界」は「わたし」をそのまま放置して、行ってしまう。

…その時、「わたし」は悟る。

「わたし」が今居る「世界」は、「わたし」のあるなしに関わらず存続しつづけている…という事実。

  なにかが突然やってくるかも知れないという認識は、この「世界」に生きて遭遇する事件の契機が
  「わたし」の側に由来するものと、「世界」の側に由来するものとふたつあり、
  このふたつはそれぞれ別個の系列に属しているということに目覚めることを意味している。
  「わたし」が「わたし」という系列をこの「世界」から選べば、
  「世界」のほうも「わたし」とかかわりのない系列から「わたし」に出会うにちがいないのだ。
                                  〈「島尾敏雄」吉本隆明著〉

      ●

「わたし」が描く「世界」の幻想と、「世界」が描く「わたし」の幻想と。
柴田氏の一節は、この「生きる違和感」を指している…とボクは考えた。

      ●

ふたつの幻想(吉本氏は別個の系列…と表現しているが)を近づけるべく、
「わたし」たちは常日頃から意識的に「世界」につながることを怠らない。

TwitterをはじめとするSocial Networkは、その最たるものだろう。

しかし、その〈異和〉を薄めること(「世界」に寄り添うこと)は出来ても、
〈異和〉そのものを呑み込むことは決して出来ない。

…なぜなら「わたし」は「世界」とは別の次元で存在するからである。

村上春樹の傑作「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」は、
その「わたし」と「世界」の位相をひとつにまとめた話だ。

「わたし」の頭の中に「世界」が横たわり、
「世界」の消滅を「わたし」が掌握する。

結局、「世界」ってなんだろう。
「わたし」が滅してしまえば、そこから先は〈異和〉もへったくれもありゃしない。

「世界」と張り合って「わたし」を深めようとアイデンティティへ固執したところで、
「わたし」は「世界」を呑み込むことはできないし、「世界」を終わらせることは出来ないのだ。

この〈異和〉とは、生涯付き合うしかないのだ。

「やれやれ。…またくだらない自家撞着に陥っている。」

【J.D.Salinger】違和感と異和感(1)


02月04日。木曜日。
雪が降ってからというもの、
冷気がそのまま地面にへばりついているようで、
…夜明け前は、イカレた寒さだ。

縮み上がった股間を押さえながら、
始発に乗り込むべく息を切らせる出勤ダッシュ。
…ギリギリセーフが尋常になっている。

本日は「朝のお務め」後、ブライダルフォト会社へ。

求められている写真のズレを指摘され、
抜本的な意識改革に取り組まねば…と、というか、、、
基本的な撮影技術のなさに我ながら呆れかえる。

これから毎週研修を行います…というありがたいお言葉。
見捨てられないよう、研鑽を積まねば。

      ●

1月27日ジェローム・デイヴィッド・サリンジャー(Jerome David Salinger)
老衰のため死去、享年91歳。…との報道が29日付夕刊の一面に掲載された。

その後、翻訳家柴田元幸氏の追悼記事~「生きる違和感」に普遍性~が1日付朝刊に掲載された。

その記事の一節がボクの中のおざなりだった原体験を目覚めさせ、
以来、ずーっと引っかかっている。

  ありていにいえば、自分がいまここにこうして在ることへの違和感・苛立ちといった、
  むろん若者にありがちではあれ、決して若者占有ではない相当に一般的な思いが、
  「キャッチャー」や「ナインストーリーズ」のせわしない、自意識過剰気味の語りを通して
  伝わってくるのではないか。アイデンティティの確立などと世にいうが、アイデンティティ
  とは要するにそういった違和感を覆い隠すための物語に過ぎないとも云える。
 
  サリンジャーの登場人物たちは、そうした物語が今一つ定かでない人間として、
  無防備な姿をさらしている。いかに生きるべきか、という問いに対し彼らは何の答えも持っていない。
  
この一節は柴田氏が一番言いたいところだったのだと思うのだけれど、
この「違和感」という感覚とアイデンティティを結びつけたところで、
…ボクは引っかかってしまった。

おぉ、まさにその「違和感」が、ボクの迷走の原動力だし、
「アイデンティティ=個性」への固執はその「違和感」の昇華でしかない。

おぉ、だからまさにボクは自身の延長としてホールデン・コールフィールドの感情を受け取ったし、
彼の一挙手一投足を嬉々として受け入れ、その反骨に有頂天となった。

【TOKYO】…ついに雪。


2月1日。月曜日。
信じられないことだが、
窓を開けると闇夜が仄明るい。

…大きな牡丹雪が、深々と降っている。

見ているだけで、寒気が背中に伝わってくる。
明日の朝4時にはどのような景色が広がっているのだろう。
大きな不安と密かな期待。

一面の銀世界の中で
日輪を拝めるのであれば、
それはそれで、厳かな気持ちになれる。

…まあ、しかし、東京に来てこう早くも雪に恵まれるとは。
 嬉しい限りだ。

      ●

今日は昼から浅草東洋館へ。
浅草演芸ホールと同じ建物の4階にある、漫才専門の寄席ホール。

4時間みっちり15分間隔で18組の漫才オンパレード。
中入りの10分休憩を入れても、相当なもんだ。

寄席で漫才を観る経験も初めてだが、
これだけ長時間にわたって人の話を聞くのも
初めてかもしれない。

それで、はたして面白かったのか?…(T_T)。

なにしろ社団法人漫才協会がこの東洋館を取り仕切っていて、
東京の漫才普及を目指しているらしく、どちらかといえば見事な王道漫才。

それでも客席は満杯で、大半がツアー客・60歳平均の爺婆ではあったけど、
会場は笑いを求める熱気に包まれていて、それなりに楽しめた。

ベタなコンビ、「春風こうた・ふくた」は、
お二人が楽しんでやってる感じが伝わってきて、こちらもほんわか気分になれたし、
賛助出演…つまりゲスト扱いの「東京ガールズ」
江戸情緒あふれる三味線と唄で「お座敷芸」を披露してくれ、
当時の笑いはきっとこんな感じ…と思わせるぐらい、グッときた。

そして最後の「ナイツ」は、
さすが「売れっ子」…笑いのツボを押さえていて、ボケ・ツッコミが軽妙で心底笑えた。
彼らはこの社団法人を背負って立つ稼ぎ頭に違いない。

外は雪になろう…という空模様にもかかわらず、
演芸を4時間たっぷり堪能していた…だなんて、
あいかわらずのフリーランスぶり。
本人も「あんぐり」開いた口が締まらない。