【Jimmy Cliff】Many Rivers To Cross


Many rivers to cross
越えなければならない川が 幾つもある
But I can’t seem to find my way over
だけど それを渡る道が 見つからない
Wandering I am lost
ドーバーの白い崖に沿って 
As I travel along the white cliffs of Dover
さまよい 途方にくれる

Many rivers to cross
越えなければならない川が 幾つもある
And it’s only my will that keeps me alive
願いがあるから ここまで生きてこられた
I’ve been licked, washed up for years
もうずっと 打ちのめされ続け 絶望の淵に立っている
And I merely survive because of my pride
・・そして俺は プライドのおかげで何とか生きている

And this loneliness won’t leave me alone
孤独が俺にまとわりついて離れない
It’s such a drag to be on your own
もう うんざりしてるのに・・
My woman left me and she didn’t say why
彼女は 訳も言わずに去っていった
Well, I guess I’ll have to cry
ああ 俺には 泣く事しかできないのか

Many rivers to cross
行く手には 越えなければならない川が幾つもある
But just where to begin I’m playing for time
でも どこから始めよう・・ 今はただ 時間稼ぎをしてるだけ
There have been times I find myself
恐ろしい罪を犯そうと
Thinking of committing some dreadful crime
何度も考えてしまった

Yes, I’ve got many rivers to cross
そうなんだよ 俺には 越えなければならない川が幾つもある
But I can’t seem to find my way over
だけど 渡る道を見つけられない
Wandering, I am lost
ドーバーの白い崖に沿って
As I travel along the white cliffs of Dover
さまよい 途方にくれる

Yes, I’ve got many rivers to cross
そう 行く手には 幾多の川
And I merely survive because of my will…
そして俺は 何とか生きている 願いがあるから・・

      ●

【YouTube】Many Rivers To Cross/Jimmy Cliff

この曲は、歳を取るとその分胸に迫ってくる。
Jimmy Cliffが最近も健在で、この歌を歌っていることに感動。

超えなきゃ行けない川は、ホント多いけど、
「願い=生きる力」っていうのが、
おのれを前に押しやっている感がとても力強くて、
彷徨ってもいい、願いがあれば…と心底思えてくる。

最高に癒しの楽曲だね。
1969年生まれだから、同世代ってことか。

【bozzo】SERENDIPITY(1)


11月6日。金曜日。
クリスマスイルミネーション
瞬く六本木ヒルズの夜景。

BGMはナットキングコールの
The Christmas Song」。

絵で描いたような
平板な情景。

Friday Nightを楽しもうと
上気した群衆を遠目に見る。

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昨日今日と東京で活躍する
カメラマンと面会し、作品を評してもらう。

20年以上カメラで社会に対峙してきたプロの目線は、
当然のことながら手厳しいものだった。

ひとつひとつの言葉を
反芻しながら感じたことは…

狩人にも似た原初的な感覚だ。

「空間を捉えてないよね」
「目線に新しさを感じない」

…とは、被写体をどのように射るか
…という身体的な能力への評価。

それらの言葉から
カメラマンと言う職種の特異性を見た。

感覚を研ぎ澄まし、視覚だけでなく、皮膚感覚で対象を捉える。
それはまさにカメラを目と同化させ、シャッターを繰り返し押すことで得られる
鍛錬の賜物だ…と、合点した。

SERENDIPITYとは
港千尋著「予兆としての写真~映像原論」に書かれた言葉。

「兆候を読み取る能力」と訳されるその原初的な感覚は、
狩人の、獲物を的確に捉える力から著者は導き出しているが、

写真撮影という行為が
どこまでも身体的な感覚であるかを説いていて、
だからこそ写真家は、欲望に正直であることが
求められている…と。

現代社会を客体化し、
さらに狩人のような身体能力で
兆候を捉える。

ますます反社会的な存在を目指すようで、
行く末に不安も残るが…この辺りに答えがある。

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でも、何が撮りたいか…に尽きるんだけどね。
すると自然に身体能力というかアンテナも鋭くなるさ。

【bozzo】そこに在る、ということ。(2)


「ルイス・バラガン邸をたずねる」は文字通り、
ワタリウム美術館にバラガンが40年過ごしたメキシコシティの自邸を再現した展覧会。

展示を楽しむ…というよりも、その空間に思いを馳せる。

日曜日の昼だというのに客足もまばらで、じっくりとその空間を味わうことが出来た。
しかし、バラガン邸を知っている人間なら、その空気も想起されたのだろうが、
写真だけの前知識では、さすがにメキシコの光までは見えてこなかった。

だが、3階では美術館スタッフが自ら足を運んで捉えたバラガン邸の映像が流れており、
その映像を堪能することで、自邸の空気感・立体感が面前に現れてきた…ように思う。

食い入るように分け入るように自邸の空気を読みとろうと画面を凝視した。

すると、メキシコの強烈な太陽が上から注ぎ込み、調度品に反射するような錯覚が生まれた。
リビングの大きく開かれた窓からは露出オーバーな庭木のシルエットが見える。

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書棚に詰め込まれた本…壁に掛けられた黄一色のキャンバス…物陰には足の塑像…。

すべてが調和を持って、そこに在った。

それぞれが没することなく、しっかりとした存在感でどっしりと、そこに在った。

バラガンが愛したモノたちが、主人への敬意を持って、そこに在った。

      ●

それが何よりも、気持ち良かった。
おそらく実際の自邸は、もっと強烈なインパクトで
訪れる者を迎えてくれるのだろう。

この空間は理想だ…そんな思いで、美術館を後にした。

      ●

11月2日。月曜日。
昨日とは打って変わってどんよりとした天気。

国立の藤川孝之さんを訪ねる。
ちょうどアトリエ展を開催中だ。(明日まで)

藤川さんとは予備校時代からお世話になっていた先輩で
もう22年の付き合いになる。

個展の案内は、オキナワ時代にも常に送って頂いてたので、
今回こそはしっかりとその絵を堪能しようと中央線に乗り込んだ。

移り住んでから初の中央線。
眼下に高円寺の町並みを眺め、また懐かしく思う。
(なんだか懐かしんでばかりだ)

およそ1時間ほどで国立駅に到着。

東から西へトウキョウを横断したカタチ。
なるほど、これはちょっとした距離。

歩いて藤川さんのアトリエへ。

      ●

時代に逝き遅れた墓標のように、住宅街に忽然と、その2階建ての建物は、そこに在った。

木製の引き戸に這い上がるような木の階段。
2階は窓も大きく、晴れた日には木漏れ日がキラキラと部屋いっぱいに舞うのだ…という。
今日のような曇り空には吊された裸電球がよく似合う。

綺麗に展示されたドローイングたちや塑像が息を潜めてお出迎え。
ミルで丁寧に挽かれた味わい深い珈琲をいただき、ゆっくりとドローイングたちを鑑賞する。

バラガン展で味わった感慨がよみがえる。

すべてが調和を持って、そこに在った。

描かれたドローイングたちはもちろん、長年使われた道具たちや、
積み上げられたキャンバス、堆積した20年という時間が沁み込んだ壁。

その息づかいが訪れる者に呼応するかのように、振幅する。

…さっと降り注がれた雲間の光。

木の葉のカタチに輪唱する白壁の光の軌跡。

モノを愛し、愛でることで生まれるであろう…その充溢した空間。
まるで日だまりのように、あたたかなひととき。

バラガンがそうであったように、藤川さんもまた、
この場所で思索し、試行し、一歩ずつ創造の輪を広げていったことだろう。

その調和が、なにより心地よいのだ。

      ●

この感覚をシカと刻もう…そんな思いで、
藤川さんのエッチングを購入して帰る。

ルイス・バラガンは語る。

 ノスタルジーとは、個人の過去に対する詩的な認識のことです。
 芸術家にとっては、自分自身の過去は、創造力の源になります。
 建築家も、自らのノスタルジーの啓示に、耳を澄ませてみなければなりません。

「そこに在る」心地よさとは、
「そこに在った過去」から連綿と続く「現在」へと貫いていた。
まさに時間の堆積が生む心地よさではなかったか。

おのれを偽らず、おのれの過去を偽らず、
堆積した時間をリスペクトし、在るがままを表出しよう。
創造とは、過去との呼応がその飛躍の鍵を握るのだ…。

そんな思いに触れた二日間だった。

【bozzo】そこに在る、ということ。(1)


11月1日。日曜日。朝から9月並の気温。
J-waveも「昼間は汗ばむ陽気です」と予想。
しかし、夕方には雨模様。動くなら午前中しかない。

何を思い立ったのか、南青山まで自転車で行ってみることにした。

江東区大島からは直線距離で15キロ。
オキナワなら、那覇から北谷までの距離だ。

何、大したことはない。

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小名木川をそのまま西へ。
新大橋を抜け、Y字を左へ折れ、水天宮へ。
そのまま直進すると築地市場。
築地本願寺を左手にそのまま直進すると、浜離宮に出た。
ここまでおよそ1時間。

もう目の前は東京タワーだ。

日曜日だから道行く車もまばらで、危険も少ない。
途中、幹線道路を横断する小学生がダッシュで突っ込んできたが、
なんとか危険を回避できた。(相当ひやっとしたけど)

ひと息ついて再び自転車を走らせる。

浜松町から大門を抜け、芝公園へ。
東京タワーを迂回するようなカタチで六本木に入る。
ロシア大使館の厳重な警備をよそに飯倉交差点へ。

ここは18年前務めていたハヤサキスタジオのあったところ。

「樺太会館 飯倉セントラル」と書かれた雑居ビルは当時のままの佇まいで、
見上げていると、22歳の自分がスタジオを駆け回っているような気持ちになる。
アシスタント時代の記憶がよみがえってくる。

まさか18年後、このような思いで自分が振り返るとは、当時のボクも思いもよらなかっただろう。

そのまま当時よく使っていた現像所まで自転車で辿ってみる。
麻布十番を抜けて暗闇坂を上がり、元麻布を通って当時のテレ朝通りへ。
不確かな記憶の中、ぼんやりと当時の時間がフラッシュバックする。
現像の入れ込み(受付時間)に間に合わせるため、夕刻のラッシュ時にむりやり車を走らせた。

今は六本木ヒルズがそびえ立ち、道幅も広くなってスッキリしているが、
あの頃は、なんだかいつも渋滞していたように思う。

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六本木通りから「かおたんラーメン」を横目に青山墓地を突き抜け、外苑前まで。

ワタリウム美術館で開催中の「ルイスバラガン邸をたずねる」を見に行く。
ここまで、およそ2時間。
途中、道草もしているので、まあ90分といったところか。