Rockefeller Center 3 ~The Christmas Song~


誰もがこのメロディを聴くと、心和むだろう。
それほど、この曲には愛が溢れている。

  And so I’m offering this simple phrase
   そして私はこのシンプルな言葉を
  To kids from one to ninety-two
   子供からお年寄りまで全ての人に言う
  Although its been said many times, many ways
   何度も、そしていろんなやり方で今までずって言われ続けて来たけれど
  Merry Christmas to you
   『メリー・クリスマス・トゥー・ユー』

ボクの一番好きなフレーズだ。
one to niinety-two…
子どもからお年寄りまでステキなクリスマスを!
Mel Tormeの深い愛情が伝わってくる。

ボクはロックフェラーセンターのクリスマスツリーを見上げながら、
ひとりで感じ入っていた。

  [The Christmas Song] written by Mel Torme

  くりの実が焼け始めている
  身を切るような寒さに、鼻は赤く凍えている
  合唱隊はクリスマス・キャロルを歌い、
  人々はエスキモーのように身を包んでいる

  みんな知っている
  七面鳥ややどりぎは、このシーズンには欠かせないと
  目をきらきらさせた子供たちはみんな、
  今夜は眠れないに違いない

  彼らは思っている、サンタがもうすぐやってくると
  彼はたくさんのおもちゃや品物を、そりに積んでいる
  そしてみんなスパイしたい
  空の飛び方を、トナカイが本当に知っているのかどうか

  そして私はこのシンプルな言葉を
  子供からお年寄りまで全ての人に言う
  何度も、そしていろんなやり方で今までずって言われ続けて来たけれど
  『メリー・クリスマス・トゥー・ユー』

  Chestnuts roasting on an open fire
  Jack Frost nipping at your nose
  Yuletide carols being sung by a choir
  And folks dressed up like Eskimos

  Everybody knows a turkey and some mistletoe
  Help to make the season bright
  Tiny tots with their eyes all aglow
  Will find it hard to sleep tonight

  They know that Santa’s on his way
  He’s loaded with lots of toys and goodies on his sleigh
  And every mother’s child is going to spy
  To see if reindeers really know how to fly

  And so I’m offering this simple phrase
  To kids from one to ninety-two
  Although its been said many times, many ways
  Merry Christmas to you

  They know that Santa’s on his way (he’s on his way)
  He’s loaded lots of toys and goodies on his sleigh
  And every mother’s child is going to spy
  To see if reindeers really know how to fly

  And so I’m offering this simple phrase
  To kids from one to ninety-two
  Although its been said many times, many ways
  Merry Christmas to you

Rockefeller Center 2


はじめて見たロックフェラーのクリスマスツリーは、
ホントに見上げるようなスケールで、ズデンと存在していた。

仕事上、さまざまなレンタルポジのカタログで
目にしていたあのクリスマスツリーだ。

ゴールドに輝くプルメテウスの像や
ラッパを高らかと構える天使の像も
すでに何度となく目にしてきたシーン。

それが今、目の前に展開されている。

なんとも不可思議な感じである。
周りの情景とつながって、この場所にあるツリーなのに、
その部分だけが、ポストカードのように浮き上がって見えた。

完全に浮き足だっている。
Mel Tormeの「The Christmas Song」が聞こえてきた。

Rockefeller Center 1


今週末はクリスマスイブ。

11月29日のニューヨークでは、
冬の風物詩ロックフェラーセンターのクリスマスツリーが点灯式を迎えていた。

5thアベニューの百貨店の外壁には、
雪の結晶のイルミネーションが…。
ティファニーの交差点には、
巨大な宝石のイルミネーションが…。

…と、11月末にして、どこもかしこもクリスマスムード。

購買意欲をそそる演出は、さすがNY。
でも何より、ロックフェラーのツリーは
その中でも王者の風格を漂わせていた。

ツリーの規模も圧巻だが、
まわりの正統派な演出が潔かった。
純粋にキレイだった。

名物のアイススケートもちょうどオープン時間。

今か今かと待ち構えるNYキッズ。
これだけの観衆がのぞき込むスケートリンクだ。
誰もが開場、一番乗りを狙っていた。
お互いのヘルメットをこづき合いながら、
今か今かと、リンクの清掃が終わるの待ち構えている。

午後4時。スケートリンクが開いた。

…と、一番に躍り出たのは小さな男の子。
フル装備の不釣り合いなスタイルで、一生懸命滑り出た。
周りは割れんばかりの大喝采。

こちらも微笑ましく写真を撮る。

さまざまな国の人々が、クリスマスでつながった瞬間だった。

2006年をふり返って。


昨日は会社の忘年会があり、
久々に明け方まで騒いでしまった。
一夜明けてみれば、なんだったのだろう…と
妙に冷静になってしまうから不思議なもんだ。

この1年を酒で締めくくり、新たな1年へリセットするのも
ひとつの切り替えとして適当なのかもしれないが、
最近の慌ただしさには、疑問も覚える。
もう少し立ち止まる勇気も必要なんじゃないだろうか…?

そうは言っても、自分もなかなか立ち止まれない性格なのだが、
ここはひとつ2006年をふり返ってみよう。

1月…ワークショップグループ展を大阪で。
january.2006
2月…RollieFLEXとの出会い。
febrary.2006
3月…フィリピン・マニラ最後の旅。
march.2006
4月…夏商戦プレゼンに破れる。
april.2006
5月…妻帰国と南国ドロップス録音。
may.2006
6月…仙台帰郷と腰痛救急車。
june.2006
7月…大道から銘苅へ引っ越し。
july.2006
8月…甥っ子の誕生と秋冬商戦プレゼン敗退。
august.2006
9月…県プレゼン獲得とminiDIGI購入。
september.2006
10月…妻就職とシングルCD販売と「美ら島フォトミュージアム」。
october.2006
11月…CD発売ライヴと結婚式とニューヨーク。
november.2006
12月…春商戦プレゼンとクリスマス。
december.2006

…フィリピンと腰痛とCDとニューヨーク。
2006年はいろいろ動きの激しい年だった。
ふり返ってみても、なかなか迫力がある。

ただ、このままだと結実しない可能性も残されている。
2007年は、もう少し絞り込んだじっくりした動きが必要なんだろうか。

どちらにしても、動き出したコマを結実させるのが来年の目標。
…実らせまっせ。

Ground Zero 4


Ground Zero…とは、爆心地のことを指した言葉だ。
広島や長崎の爆心地も同じようにGround Zeroと呼ばれる。

「失われた開拓精神」…その墓穴のような1ブロックを
爆心地と呼びたい気持ちも、よくわかる。

ロウアー・ニューヨークの中心にあったWTCが、
根こそぎなくなったのだ。その欠落感は相当なモノだろう。

「…だからといって、爆心地はないよな。」

広島の原爆資料館で、
1945年8月6日に起こった出来事の模型を眺めてみるとよいだろう。

あれだけの縮尺で、相当広大なスペースが、丸焦げだ。
おったまげるぜ、まったく。

その広大さに愕いた…とは書いたが、広島ほどじゃないよな。
たしかに今の広島じゃ、原爆ドーム以外にその痕跡は見あたらないけど、
だからって、傷跡も生々しいWTC跡を「爆心地」っていうのも可笑しな話さ。

2010年には、WTC級のドデカいランドマークタワーが立ち上がる。
2001年09月11日の鎮魂碑も併設されるという。

その碑にも「爆心地Ground Zero」と明記されるのだろうか。
…アメリカの痛手の忌まわしき象徴として。

Ground Zero Cams

Ground Zero 3


滞在中、ブルックリンミュージアムでは「0911以前以後」といった内容の
ロウアーマンハッタンの歴史をふり返った展覧会が催されていて、
開拓時代から2001年に崩壊するまでの課程を見ることができた。

その展覧会を見て、また仰天したのだが、
WTCを建設するまでに、また相当な時間と労力が…当たり前だが…かかっていて、
0911の惨劇は、その時間をも剥奪してしまった…という怖ろしい事実があった…こと。

ぽっかり空いた墓穴は、アメリカ人のそんな「失われた開拓精神」そのものだと言えるのだ。

Ground Zero 2


往き来する観光客。
その誰もが、そのスケールに唖然としていた。
歓談し、声を上げて笑っているような人はどこにもいなかった。

少なくとも、ボクの気持ちは伏せっていた。

なんというスケール。
なんという喪失感。
まさに「根こそぎ奪われた」状態だった。

2001年の9月11日に起こってしまった惨事を、想像してみる。
ポッカリと空いた1ブロック分の空を見上げ、今はないツインタワーをイメージする。

降りかかるビルの瓦礫、火の粉、書類のたぐい、オフィス内の備品、肉片…。
消防車が行き交い、怒号や悲鳴や懇願の声とともに、絶望的な暗雲が徐々に立ち籠めてくる。

     行き交う人々、見上げる人々、自失する人々。

今は想像の域を出ないその惨状が、5年前のこの場所で、起こったことをあらためて考える。
グランドゼロを囲むフェンス上に飾られた写真パネルが、その想像を助ける。
しかし、どこまでいっても、あの報道されたイメージ以上のモノは頭に描くことができなかった。

    墓穴のようなグランドゼロが、目の前にあるだけだ。

Ground Zero 1


NYでの第2の目的地、グランドゼロへ。
ところが、なかなかその目的地に到達することができない。
素直にSubwayを乗り継いで堅実に行けばいいところを、
ブルックリンブリッジ方面から歩いて行こうとしたのだ。

Lower Manhattanは、ミッドタウンのように、
街がグリッド状にはなっておらず、東西南北に道が伸びていない。
ブリッジの対岸方面へ、西に向かって歩いていたのに、
いつのまにか東のはずれに出ていたりする。

何度も何度も、ブリッジ周辺を往き来したあと、海が現れた。
「また東側に戻ってきてしまった」と落胆しながらも、
気を取り直し北上を続けていたら、忽然と目の前に拡がるブランクスペース。

     それがグランドゼロだった。

ものすごいスペースで、グランドゼロはそこにあった。
これだけ広大なスペースが、陥落してしまったのだ。
その喪失感たるや、なんと表現したらいいのだ。

まずは、正面に回ろう…と、歩き出す。
たくさんの観光客が、ゼロを背にカメラを構えていた。

夜明け前の備瀬


8日の金曜日、沖縄の12月にはめずらしい、晴れ渡った空が見られた。
撮影をひとつ抱えていたボクは、さっそく名護の先、本部町の備瀬まで急行した。

基地局の撮影だ。

携帯電話が日頃、何の苦労もなく受信発信できるのは、
実は方々に点在するこの基地局のおかげ。

サービスエリアを蜘蛛の巣のように
見えない伝播網で覆っているから、
ボクたちはケータイで相手とつながることができる。

英語の「cellular phone」はまさに、cellular=蜂の巣状の電波網を表現している。

携帯電話会社にしてみれば、サービスの要である基地局。
その美しい姿を、沖縄的な原風景と共に1枚の写真に収めて欲しい…というのが、今回のオーダー。
金曜日は思い立った時間が遅かったため、到着時の現場は雲に覆われていた。

これでは仕事が成立しない。

腹を括ったボクは、土曜日の夜明け前、朝方5時に家を出た。

その思いが実ったのか、夜明け前の備瀬は、誠に美しかった。
東から黄金色の光の塊が突如顕れ、地平に沿って空が引き裂かれた…。
横殴りの光に、銀の鉄塔が妖しく応える。
ウルトラマリンのグラデーションに輝く鉄塔。

見事な写真が獲得できた。

Isamu Noguchi Garden Museum 3


ひととおりの観覧を終え、ミュージアムショップへと入る。
傾きかけた陽が、ソファに伸びていた。

四国の牟礼にあるイサムノグチ庭園美術館も
陰陽を兼ね備えたステキな空間だった。

3.6mの「エナジーヴォイド」が暗闇の蔵の中で
ひっそりと、その艶めかしい石肌を光らせている。
蔵の引き戸を開けると、
陽の光が反射して、巨体の陰影が深まった。

    立体化する彫刻。

陽の光が彫刻を立ち上がらせ、空間に奥行きを与えることを、
Isamu Noguchiは完全に掌握していた。
だから、彼のミュージアムはここまで居心地が良い。

光の粒が、空間を隈なく飛び交っているのが…わかった。
…ボクも視界のラチチュードを野放しにして、
             陰影の移ろいに…心を解き放つ…。

   刻一刻と表情を変える石。

Isamuの彫刻は、光の賛歌だ…とその時、思った。