Rockefeller Center 2


はじめて見たロックフェラーのクリスマスツリーは、
ホントに見上げるようなスケールで、ズデンと存在していた。

仕事上、さまざまなレンタルポジのカタログで
目にしていたあのクリスマスツリーだ。

ゴールドに輝くプルメテウスの像や
ラッパを高らかと構える天使の像も
すでに何度となく目にしてきたシーン。

それが今、目の前に展開されている。

なんとも不可思議な感じである。
周りの情景とつながって、この場所にあるツリーなのに、
その部分だけが、ポストカードのように浮き上がって見えた。

完全に浮き足だっている。
Mel Tormeの「The Christmas Song」が聞こえてきた。

Rockefeller Center 1


今週末はクリスマスイブ。

11月29日のニューヨークでは、
冬の風物詩ロックフェラーセンターのクリスマスツリーが点灯式を迎えていた。

5thアベニューの百貨店の外壁には、
雪の結晶のイルミネーションが…。
ティファニーの交差点には、
巨大な宝石のイルミネーションが…。

…と、11月末にして、どこもかしこもクリスマスムード。

購買意欲をそそる演出は、さすがNY。
でも何より、ロックフェラーのツリーは
その中でも王者の風格を漂わせていた。

ツリーの規模も圧巻だが、
まわりの正統派な演出が潔かった。
純粋にキレイだった。

名物のアイススケートもちょうどオープン時間。

今か今かと待ち構えるNYキッズ。
これだけの観衆がのぞき込むスケートリンクだ。
誰もが開場、一番乗りを狙っていた。
お互いのヘルメットをこづき合いながら、
今か今かと、リンクの清掃が終わるの待ち構えている。

午後4時。スケートリンクが開いた。

…と、一番に躍り出たのは小さな男の子。
フル装備の不釣り合いなスタイルで、一生懸命滑り出た。
周りは割れんばかりの大喝采。

こちらも微笑ましく写真を撮る。

さまざまな国の人々が、クリスマスでつながった瞬間だった。

Ground Zero 4


Ground Zero…とは、爆心地のことを指した言葉だ。
広島や長崎の爆心地も同じようにGround Zeroと呼ばれる。

「失われた開拓精神」…その墓穴のような1ブロックを
爆心地と呼びたい気持ちも、よくわかる。

ロウアー・ニューヨークの中心にあったWTCが、
根こそぎなくなったのだ。その欠落感は相当なモノだろう。

「…だからといって、爆心地はないよな。」

広島の原爆資料館で、
1945年8月6日に起こった出来事の模型を眺めてみるとよいだろう。

あれだけの縮尺で、相当広大なスペースが、丸焦げだ。
おったまげるぜ、まったく。

その広大さに愕いた…とは書いたが、広島ほどじゃないよな。
たしかに今の広島じゃ、原爆ドーム以外にその痕跡は見あたらないけど、
だからって、傷跡も生々しいWTC跡を「爆心地」っていうのも可笑しな話さ。

2010年には、WTC級のドデカいランドマークタワーが立ち上がる。
2001年09月11日の鎮魂碑も併設されるという。

その碑にも「爆心地Ground Zero」と明記されるのだろうか。
…アメリカの痛手の忌まわしき象徴として。

Ground Zero Cams

Ground Zero 3


滞在中、ブルックリンミュージアムでは「0911以前以後」といった内容の
ロウアーマンハッタンの歴史をふり返った展覧会が催されていて、
開拓時代から2001年に崩壊するまでの課程を見ることができた。

その展覧会を見て、また仰天したのだが、
WTCを建設するまでに、また相当な時間と労力が…当たり前だが…かかっていて、
0911の惨劇は、その時間をも剥奪してしまった…という怖ろしい事実があった…こと。

ぽっかり空いた墓穴は、アメリカ人のそんな「失われた開拓精神」そのものだと言えるのだ。

Ground Zero 2


往き来する観光客。
その誰もが、そのスケールに唖然としていた。
歓談し、声を上げて笑っているような人はどこにもいなかった。

少なくとも、ボクの気持ちは伏せっていた。

なんというスケール。
なんという喪失感。
まさに「根こそぎ奪われた」状態だった。

2001年の9月11日に起こってしまった惨事を、想像してみる。
ポッカリと空いた1ブロック分の空を見上げ、今はないツインタワーをイメージする。

降りかかるビルの瓦礫、火の粉、書類のたぐい、オフィス内の備品、肉片…。
消防車が行き交い、怒号や悲鳴や懇願の声とともに、絶望的な暗雲が徐々に立ち籠めてくる。

     行き交う人々、見上げる人々、自失する人々。

今は想像の域を出ないその惨状が、5年前のこの場所で、起こったことをあらためて考える。
グランドゼロを囲むフェンス上に飾られた写真パネルが、その想像を助ける。
しかし、どこまでいっても、あの報道されたイメージ以上のモノは頭に描くことができなかった。

    墓穴のようなグランドゼロが、目の前にあるだけだ。

Ground Zero 1


NYでの第2の目的地、グランドゼロへ。
ところが、なかなかその目的地に到達することができない。
素直にSubwayを乗り継いで堅実に行けばいいところを、
ブルックリンブリッジ方面から歩いて行こうとしたのだ。

Lower Manhattanは、ミッドタウンのように、
街がグリッド状にはなっておらず、東西南北に道が伸びていない。
ブリッジの対岸方面へ、西に向かって歩いていたのに、
いつのまにか東のはずれに出ていたりする。

何度も何度も、ブリッジ周辺を往き来したあと、海が現れた。
「また東側に戻ってきてしまった」と落胆しながらも、
気を取り直し北上を続けていたら、忽然と目の前に拡がるブランクスペース。

     それがグランドゼロだった。

ものすごいスペースで、グランドゼロはそこにあった。
これだけ広大なスペースが、陥落してしまったのだ。
その喪失感たるや、なんと表現したらいいのだ。

まずは、正面に回ろう…と、歩き出す。
たくさんの観光客が、ゼロを背にカメラを構えていた。

Isamu Noguchi Garden Museum 3


ひととおりの観覧を終え、ミュージアムショップへと入る。
傾きかけた陽が、ソファに伸びていた。

四国の牟礼にあるイサムノグチ庭園美術館も
陰陽を兼ね備えたステキな空間だった。

3.6mの「エナジーヴォイド」が暗闇の蔵の中で
ひっそりと、その艶めかしい石肌を光らせている。
蔵の引き戸を開けると、
陽の光が反射して、巨体の陰影が深まった。

    立体化する彫刻。

陽の光が彫刻を立ち上がらせ、空間に奥行きを与えることを、
Isamu Noguchiは完全に掌握していた。
だから、彼のミュージアムはここまで居心地が良い。

光の粒が、空間を隈なく飛び交っているのが…わかった。
…ボクも視界のラチチュードを野放しにして、
             陰影の移ろいに…心を解き放つ…。

   刻一刻と表情を変える石。

Isamuの彫刻は、光の賛歌だ…とその時、思った。

Isamu Noguchi Garden Museum 2


入り口で10ドルを支払い、中に入る。

ガーデンミュージアムと言われるだけあって、
広い空間に彫刻が点在していた。

なんとも面白い造りだ。

吹き抜け部分に15作品ほど、中庭にも15作品ほどが気持ちよい感覚で設置しており、
観覧者は思うがままに作品の周りを散策できた。

2階建ての館内の展示はさらに気持ちがよかった。

午後の光が差し込む大きな窓の展示室で、
Isamuの代表作が静かに鎮座している。

絶妙な間隔で、作品と作品が呼応する特異な空間。
日曜だというのに、観覧者はボク独り。
対話をするように作品を眺め、陽の光を浴びた。

光の中で、Isamuの作品は無言だった。

その無言ぷりが、観る者に平穏を与えた。
これは、とてつもないことだった。
寺院の仏像との対面が人々の心に安らぎを与えるのと、まさに同義だった。

何も語らず、何も諭さず、静かに対峙していた。

ゆるやかに移り変わる木洩れ陽に、その姿を変え陰影を伸ばす無言の石。
それが石だからか…時間の流れさえもが、ゆるやかに移る。

地球という球体の、沖縄とニューヨークを結んだ延長に、ここは位置する。
その遙かな距離を体現しようとして、眩暈がした。
ここまで導かれたプロセスは、あまりに長く、遠かった。

しかしそのプロセスが、この平穏をもたらしたと思うと、感慨もひとしおだった。

         至福の空間に、ボクは居た。

Isamu Noguchi Garden Museum 1


第一の目的地であるIsamu Noguchi Garden Museumは
クイーンズのギリシャ人居住区アストリアから10分ほどのところにある。

W-lineの「ブロードウェイ」と呼ばれる駅でおり、
イースト川方向へひたすら歩く。

きれいに整頓された住宅街を歩きながら、
自分が今ニューヨークにいることを把握できずにいる。

街路樹が輝く柔らかな陽の光、
さらさらと枯葉の舞う乾いた空気、
散歩をする黒犬に話しかける老人の声…。

どれひとつとっても
ここはニューヨークだ。

その場所で美術館を探し、さまよう自分がいる。
…どうもしっくりこない。

14時間におよぶフライトで眠れぬ夜を過ごしたあと、
到着した空港でも右往左往し、いやな汗を背中にかいた昨日までのような
苦痛が全く存在しない…ことが、返ってボクの居心地を悪くしたのかもしれない。

      空が広かった。

安らかな気持ちで、ボクはクイーンズを歩いた。
赴くまま歩いたせいで道に迷い、1時間ほどかかって美術館に到着。

まずは汗を乾かすべく、ジャケットを脱いだ。

To Queens from Brooklyn


翌日の日曜日、ボクは第一の目的地
「Isamu Noguchi Garden Museum」へ向かった。

そこはマンハッタンの東に位置するクイーンズにあるのだが、
そのままブルックリンを北上するコースはなかった。

「G-lineは最低のSubwayだから決して乗らない」

そんな助言もあって、ボクはL-lineでマンハッタンに入り、
ユニオンスクエアから北上してレキシントン駅を経由し、
W-lineでイースト川を渡る道筋を選んだ。

  
        ● 

しばらく、暗澹とした鉄箱の中で息を潜めていた。
初めてニューヨーカーに紛れ込んだ車内。

ツーリストとしての面持ちを隠そうと
気取ったサングラスをかけ、広告に目をやる。

駅構内のアナウンスを聞き取るべく、耳をそばだてる。

乗り継ぐべき駅を間違えないように、そわそわとしながら、
しかし決して悟られないように。

…今にして思えば、何を悟られないよう注意していたのかおかしな話だが、
おそらくニューヨークに溶け込むことが一番の安全だと思っていたのだろう。

レキシントン駅でクイーンズ行きと記されたプラットホームへ回り、
東へと進む。頭上にはイースト川が横たわっているのだ…と想像をめぐらす。

長い長い地下鉄独特のミニマリスムなサウンドにトランスしかけた時、
突然、太陽が光をもたらした。

晴れ渡った秋の、気持ちよく解き放たれた窓外の風景。
口を開け、完全に心を奪われ、頬も自然と弛んで、外を眺める。

…鉄の箱が左に旋回し、進路を北へ取ったその時に、
夢にまで見た摩天楼が、意外と大きな姿でボクの視界に入ってきた。

「おおおおおおおおおお」

         あああ~
               あれが、マンハッタンか。

先ほどまで地下を彷徨っていた島の全貌は、こんなに立体的にビルが林立していたのか。
いろんなドラマや映画に、映像として受け止めていたマンハッタン。
ブルックリンブリッジやマンハッタンブリッジの遠景として、スクリーンに納まっていた
あの立体的なビル群が、ボクの視界が捉える風景として、リアルに右から左へと流れていく。

いくら文明が発達して、ヴァーチャルの質がどれだけ上がっても、
この「あああああああ」という感嘆と、完膚鳥肌状態のリアルな感慨には、
決しておよぶことはないだろう…。
インターネットやライブカメラが光通信で「生」の映像を手元に届けたところで、
この肉体が五感で受け止める「本物」の感動には、決しておよぶことはないのだ。

ニューヨークに来て、よかった…と思えた瞬間だった。