
録音中の一コマ。
アセロラ・ダイエッツのナッキー(右)は、中学時代のアルトサックスを抱えて
今回「南国ドロップス」の録音に参加した。
やはり、中学時代のアルトサックスである。
低音が思うようにコントロールできなかった。
ホーン隊の厚みを出すのに、アルトサックスの低音は重要だ。
上手くコントロールできずにテイクを重ねるホーン隊。
録音した音の確認に集まるメンバーを尻目に、ひとりため息をつくナッキー。
「アセロラ・ダイエッツ」は音にシビアな音楽ユニットなのだった。
竹野に住まう舞台写真家の地域自治。

録音中の一コマ。
アセロラ・ダイエッツのナッキー(右)は、中学時代のアルトサックスを抱えて
今回「南国ドロップス」の録音に参加した。
やはり、中学時代のアルトサックスである。
低音が思うようにコントロールできなかった。
ホーン隊の厚みを出すのに、アルトサックスの低音は重要だ。
上手くコントロールできずにテイクを重ねるホーン隊。
録音した音の確認に集まるメンバーを尻目に、ひとりため息をつくナッキー。
「アセロラ・ダイエッツ」は音にシビアな音楽ユニットなのだった。

今回の「南国ドロップス」の一発録音に
多大なお力添えをいただいた音楽ユニット、「アセロラ・ダイエッツ」。
「ちょっと他にはない感じ」とナッキー(左)が発言するように
ドニー(右)との音のコラボレーションは、筆舌に尽くしがたい感じだ。
ボクも今回のレコーディングでその存在を知ったので、
「アセロラ・ダイエッツ」の音源に関しては、あまりうまく説明ができないが、
彼らの「耳」があったからこそ、「南国ドロップス」の一発録音も成功できた…と言える。
その場の空気を和ませる術を心得ていて、
コチコチに固まった「南国ドロップス」のメンバーを
絶妙なグルーヴ感まで持ち上げたドニーのMCには感服。
今回、ナッキーはアルトサックスで自ら録音にも参加してくれている。
3管では難しかった音の厚みも、ナッキーの参加で見事に再現されている。
「アセロラ・ダイエッツ」…リスペクト!!!!!!!!!!!
彼らの存在は、とても大きかった。

このゴールデンウィーク、
わたしたちのバンド「南国ドロップス」はレコーディングを行った。
ホームグランドである「南国の夜」での4日間集中録音だ。
できるだけバンドの音を再現したい!
…だから一発録りに近いカタチで、
リズム隊(ドラムス・ベース・キーボード・ギター・コンガ)と
ホーン隊(トランペット・トロンボーン・オーボエ・アルト)を
交互に「せいの!」で録音した。
それぞれの楽器にチャンネルを与え、オンマイクで音源を採りながらも、
全体の演奏からグルーヴ感をまるまる録り込む。
「南国の夜」のライヴな空間が適度な反響音を産み、
とても温かい音源を採取することに成功した。
今回録音した楽曲は以下。
1.哀愁ブルー
2.Caravan
3.エキゾチック・シャワー
4.ラブラ・アボカドール
5.チェリー・ブロッサム
6.都会
7.波
2と6以外はオリジナル楽曲である。
今月中にすべての音源がそろい、
ミックスダウン⇒マスタリング⇒プレスへと
…制作は進行する。
夏にはCDとして巷に販売される予定。

SKA69のベーシストであり、
CINEMAdubMONKSのベーシストでもある。
普段はJAZZの演奏をこなしている。
その風貌がインドのガンジー首相に似ているから、
こんな呼び名になった。
見事にフォトジェニックな被写体である。
往年のミュージシャンを彷彿とさせる。
実際、彼の演奏は骨太で、
弦高の高いウッドベースをベンベンと叩きながらプレイし、
顔の動きも音に合わせて変化するから、
聴衆は自然と彼の音に吸い込まれていく。
すばらしいプレイヤーだ。

ゴールデンウィークあたまの4月30日、
Ska69が宜野湾のmofgmonaというカフェでライブを行った。
沖縄には、意外とおしゃれなカフェが多いのだが、
ここmofgmonaは字面から言っておしゃれだ。
響きもやわらかくて、店の雰囲気にとてもマッチしている。
そんなステキな空間で、
30代の加齢臭が漂いそうな男8人が占拠したライブ。
できるだけ空気を壊さないように、
リラックスしてゆるりとSKAが演奏できたら…
ふたを開けてみれば、
やはりいつものライブでした。
繊細な魅力というより
骨太で荒削りなサウンドが身上のバンドだからね。
とっても楽しめた一夜。
オキナワンナイトな一夜でした。

この週末、いったい何人のお客さんが、このお店に訪れたことだろう。
今まで経験したこともないような大盛況のうちに、2日間の周年イベントは終了。
スタッフの皆さん、大変お疲れ様でした。
これからも「四月の水」をよろしくお願いします。

年に数回しか、しかもここしばらくは「四月の水」でしか
ライブは行っていない…のでは?と思えるほど寡作ならぬ、寡出のSKAバンド。
今回は「ちょい不良」テナーサックスも参加しての大団円のライブ。
あの空間、あの狂乱状態で、音の質もあったもんじゃないが、
とにかく大騒ぎのライブだった。
この4月末には、何を血迷ったのか、宜野湾にて
アコースティックライブをやる予定。mofgmonaにて。

毎年ソメイヨシノを沖縄まで取り寄せて、
ライブと合わせたお花見をやろう…と始まった
粋な企画「お花見ライブ」。
ジョビンの”Aguas de Marco”をもじった「四月の水」だから、
四月は始まりの月であり、誕生月なのだ。
ブラジルでは「3月」は夏の終わりであり、
リオのカーニヴァルの終焉であり、大雨の季節だから、
すべてがリセットされる月…再生の月。
「夏にさんざん遊んだり、カーニヴァルでハメを外したり、
浮気したりした出来事を、大雨が上がるのと同時にリセットしつつ、
ちょっと反省して、さあ明日から真面目にやるぞ、と心の中で誓うこと」
そんな意味から見ても、今回の5周年ライブは
リオのカーニヴァル的躁状態で、とんでもない狂乱、狂瀾、競演…そして再生のライブだった。
マウントシュガーがしっとり歌い上げ、
今野英明が貴公子の振るまいで独唱し、
ハナレグモがすべてを鷲つかみに持って行った。
明け方の4時まで、狂瀾のライブは続いた。
…リオのカーニヴァルのようなカタルシスが起こり、すべてが無に帰した。
ソメイヨシノの花びらが、オキナワの湿気に耐えられず、はらはらと舞う。
白桜色の夢心地にさせてくれた、すてきな一夜だった。

ブーゲンビリアである。
フィリピンにも、沖縄と同じ花が咲いていた。
花は魅力的だ。
東京では桜が見頃を過ぎた感じだろうか?
ここ沖縄でも今夜はソメイヨシノを見ることができる。
場所は牧志の「四月の水」。
5周年ライブパーティである。
今野英明がウクレレ一本で
気持ちの良い唄を聴かせてくれた。
ロッキングタイム時代の「いつまでも」「雲の上まで」。
ジャマイカンチューンもメドレーで。
そして、もちろん最後は「息を吸いこんで」。
ハナレグモなる人も飛び入りした。
花見の宴はさらなるヒートアップで、
いつの間にか、…こんな時間だ。
明日は、SKA69も出演する。
ハナレグモや今野英明もいっしょだ。
すごいことになりそうだ。

Look for the silver lining
When ever a cloud appears in the blue
Remember somewhere the sun is shining
And so the right thing
To do is make it shine for you
A heartfull of joy and gladness
Will always banish sadness and strife
So always look for the silver lining and try to find
The sunny side of life
●
青い空に雲が現れたときは
銀色の裏地があるか探してごらん
覚えておいて、太陽はどこかで必ず輝いているから
そしてすべきことは
君のために太陽を輝かせること
胸いっぱいの楽しみと喜びは
いつでも哀しみと争いを打ち消してくれる
だからいつでも銀色の裏地を探して
人生の明るい面を見つけてごらん
●
3月25日の誕生日を前に
ボクはマニラに向かった。
「Look for the silver lining」
ボクの好きな言葉だ。
雲に覆われた青空の向こうには
銀色に輝く世界が隠れている。
マニラへのフライトの間、
ボクの頭の中では、この曲がループしていた。
Chet Bakerの中性的なボイスと軽快なリズムが
「なんくるないさ」と歌っている。
順風満帆な1954年頃のChetだから醸し出せた脳天気さである。
Jazz界のジェームスディーンと持て囃され、アイドル並に映画主演までこなしてしまうChet。
1970年以後は麻薬に溺れ、2度とアメリカの地を踏むことなく、
アムステルダムのホテル2階バルコニーから転落死…という悲運な最期が待っているとは、
誰が想像できただろう。
そんな急激な没落を経験したChet Bakerだが、
彼は晩年までこの「Look for the silver lining」をオハコにしていた。
つまり、人生に暗雲が立ち込めるような劣勢な時でも、
裏地かがやく銀色の世界への憧憬をしっかりと携えて人生を全うした男だったのだ。
同じように振幅の激しい人生を生き、
この「Look for the silver lining」をタイトルとしたアルバムまで発表している
女性ブルース歌手もいる。
Alberta Hunter(アルバータ・ハンター)
1920年代の初期アメリカの全盛期にヴォーカリストとしてデビューし、
第二次大戦以後では従軍看護婦として激戦地を回り、軍人の介護にあたっていた。
ふたたびマイクを握るのが、なんんんんんと、御年77歳の時。
そんな波瀾万丈の生涯を生きてきたからこそ、
「Look for the silver lining」は彼女のリアルとなって、心にしっかり響く。
●
窓外のかがやく雲をぼんやり眺めながら、
2006年3月から始まる新しい1年を占う…。
フィリピン・マニラで誕生日を迎えることで、
今までにない振幅の激しい1年…となるような、予感がした。