【Jul_09】光と時間の周期的な波状の模様


DANCE VISION 2016@KID AILACK ART HALL

秦真紀子『ripple_mark〜2つの光 ゆふとよひ』

10日(日) おどるなつこ × NIL_開演17:00
11日(月) COoMOoNO_開演16:00/20:00
13日(水) 深谷正子/田辺知美/木村由_開演16:00
13日(水) 木村由 × 庄田次郎_開演20:00
14日(木) 榎木 ふく+〇〇_開演19:00
15日(金) 鈴木 ユキオ_開演20:00
16日(土) 橋本 拓也_開演16:00

【Jul_08】書/原賢翏@DANCE_VISION_2016


DANCE VISION 2016@KID AILACK ART HALL

吉本大輔『擬似即興舞踏ー彼方へ』
書/原 賢翏

10日(日) おどるなつこ × NIL_開演17:00
11日(月) COoMOoNO_開演16:00/20:00
13日(水) 深谷正子/田辺知美/木村由_開演16:00
13日(水) 木村由 × 庄田次郎_開演20:00
14日(木) 榎木 ふく+〇〇_開演19:00
15日(金) 鈴木 ユキオ_開演20:00
16日(土) 橋本 拓也_開演16:00

【Apr_20】平家物語〜入道死去@座・高円寺2


『平家物語 〜語りと波紋音〜』第5回公演@座・高円寺2

【出演】金子あい(語り芝居)、永田砂知子(波紋音演奏)
【演目】祗園精舎・祗王・入道死去・敦盛最期・壇浦〜先帝身投

構成・演出/金子あい
音楽/永田砂知子
照明/関根有紀子(ぐれこはうす)
音響/江澤千香子
舞台監督/関根一郎
宣伝美術/aikaneko
制作協力/伊佐山明子

写真UPしました〜!
【on_Flickr】0420_HEIKE

【Jul_01】森達也監督作品「FAKE」


森達也監督作品「FAKE」@渋谷ユーロスペース

「ドキュメンタリーby森達也、出演by佐村河内守」(共通キャッチ)
「好きな人と観に来て欲しい、これはふたりの物語」(チラシ用キャッチ)
「誰にも言わないでください。衝撃のラスト12分間」(web用キャッチ)

この文言を見るだけでも、この映画が様々な位相に彩られているか分かると思う。
タイトルもFAKE。仕掛ける…という意味である。
森達也&佐村河内守の組み合わせで異例の盛況ぶり。
その振り回し方&振り回され方が、この映画の真髄を物語っている。

ボクのうちにはテレビがないので、2014年の一連の騒動の熱といったものは、正直よく分からない。
佐村河内さんの作品も聴いたことがないので、
このアーティストがどの程度「現代のベートーヴェン」だったのかも、知らない。
だから冷静にこの映画を捉えることができた。

要はこないだのゲンロンカフェでオリザさんが語っていたこと、
そのままがカタチになった映画だと思う。

世間の「分かりやすさ」への希求に応えたマスコミの徒花が佐村河内さんなのだと。
森達也監督もそのことをよく理解していて、
決して「佐村河内=善、マスコミ=悪」の勧善懲悪の二元論に落とし込んでいない。
その証拠に相方の新垣隆氏のコメントを組み込んでいない(断られたにしてもだ)。
徹頭徹尾、佐村河内さんの閉塞した自宅からの目線で映画は語られている。
それでも勧善懲悪に落とし込まず、最後の最後まで「虚偽」「真実」のあいだを行き来する、
グレイゾーンに終始しているのは、オリザさん言うところの
「答えを出さない=問題を提示するのが作品の務め」であることを監督が分かっているからだろう。

とはいえ、これだけこの映画が話題となっているのは、
「分かりやすさ」を希求している受け手の思考停止が末期的症状に陥っているからだと、ボクは考える。

2014年の報道で、散々このアーティストをコケ落としていた聴衆が、
自責の念も込めてこの映画によって彼に懺悔を捧げているのか、
この映画の語る「真実」を鵜呑みにして、賛美を与えようとしているのか。

どちらにしても、受け手は思考停止の状態のままである。
「分かりやすさ」&「答え=真実」を引き出そうとしている。

映画の中でフジテレビが、佐村河内さんを年末のバラエティ番組に出演依頼をかけ、
その出演を断った番組を視聴した彼が憤る場面で監督が
「マスコミは話題の人物をどう料理すれば視聴者が喜ぶか、その一点で番組を作っている。
あなたの真実がどうかというのは、ハナから頭にないのだ」と語るのだけれど、
それが結局、「分かりやすさ」への希求なのだ。

これは資本主義が生んだ「消費者思考」が
敗戦後の71年で完全に染み付いてしまった結果だと、ボクは思う。

すべての取引が「金銭」を媒介にして成立してしまう「消費社会」においては、
「消費者」は常に上目線である。
自身の理解度を高めるのではなく、「商品」の価値に応じるカタチで、常に取引を行っている。
理解不能な「商品」には手を出さない。だから取引は成立する由もない。
市場は「消費者」のレベルに応じた「商品」をとにかく大量生産する。
たくさん売れれば「もうけ」になるからだ。

マスコミもその坩堝に完全に取り込まれている。
つい最近の舛添報道にしても、
彼の「真実」よりも彼の「去就」が数字になるという理由だけで、追求の手を止めなかった。
「消費者思考」はこのようにポピュリズムにとことん平準化されていく。

「カネで全てが解決する」そのマインドを棄てなければ、
物事はすべて「分かりやすさ」へと堕落していくことだろう。

この映画はその現象を自ら作り出すことで
客体化することに成功しているのだと、ボクは感じた。

まずは思考せよ…なのだ。

【Jun_28】川崎市川崎区千鳥町


アマヤドリ劇団員撮影@川崎区千鳥町

昨日は本降りの雨の中、劇団員撮影。
千鳥町って化学工場が犇めく埋立地。
プラスチックの溶けた臭いが漂う僻地で、
人口は4世帯6人、人口密度は3人/km²。

そんな忘れられた場所で、雨の中、
どんな劇団員写真となりますやら。
お楽しみに。
ちなみに去年は月島で撮影でした。

【Apr_26】アマヤドリ

【Jun_01】義経千本桜 by 木ノ下歌舞伎


義経千本桜―渡海屋・大物浦―@シアターイースト

作|竹田出雲 三好松洛 並木千柳
監修・補綴|木ノ下裕一
演出|多田淳之介
出演|大石将弘 大川潤子 榊原毅 佐藤誠 佐山和泉 武谷公雄 立蔵葉子 夏目慎也 山本雅幸

今回、多田さんつながりで初めて「木ノ下歌舞伎」を撮影しました。
『義経千本桜』は観劇していたので、いったいどんな多田演出になるのだろう…と、
ワクワクしていたのですが、ホントオドロキのオンパレード〜!でした。

終わりなき戦いのなか、失われた声が甦る
“今”が“昔”に、“昔”が“今”に、
時代を超えて、現代を抉る〈逆襲劇〉。

このキャッチコピーそのままに、
平家と源氏の「殺し殺され、殺し殺され、殺し殺され、殺し殺され…」の終わりなき戦いのあと、
ついに平家滅亡の危機。清盛の息子知盛は、船宿「渡海屋」の主人銀平となって義経に復讐を企て、
起死回生の機会を窺います。

2年越しの潜伏の後訪れた契機に、渾身の思いで知盛は義経一行を攻めるのですが、
あわれその企てはすべて筒抜けでした。

結局のところ歴史に逆らうことは出来ない…諸行無常のエンディングが歌舞伎での幕切れだとすると、

ここからが多田演出のすばらしいところで、
「殺し殺され、殺し殺され…」で折り重なった幾万の命を、

現代からのパースペクティヴに置き換え、世界大戦で犠牲となった人々、
大震災で喪われた命の数々へとつなぎ、

その幾多の死者の上に、私たちの営みが「ここ」に在ることを、鳥瞰させてくれるのでした。

それは、レヴィナス言うところの…
「無意味に死んだ」同胞たちの死に責務を負い、彼らの分の未来に向けて「最善」を尽くす…という
…常に「死者」の存在が相補的な振る舞いでもって私たちを支えているのだ…というメッセージが、
舞台上の隅々にまで溢れていて、そこでどばぁっと涙が噴き出したのでした。

作品を締め括る楽曲の選定もイカしていて、日米の俘虜の顛末を描いた大島渚のあの名作も、
紐解けばその命題に行き着くことを重ねるようで、
おおなんと人は愚かな生き物なのか…と、嘆くことしきり。

ここに来てまた戦争が現実味を帯びてきた現代なだけに、この〈逆襲劇〉は、タダモノじゃないぞ…と、思わせる物でした。

あと2ステージ、06/18豊川にて、あります。
ぜひ、ご覧ください!