【May_06】光がつき、始まり、光が消え、終わる。


現代劇作家シリーズ6 サミュエル・ベケット「芝居」@日暮里d-倉庫

7度

演出 伊藤全記
出演 山口真由 中山茉莉

劇団7度の『芝居』は、登場人物を女性2人に限定することで、
戯曲の持つエッセンスを抽出して見せる演出。

「人間はしゃべる動物」であり、
生きているあいだはしゃべることから逃れることが出来ない、
完全なる沈黙と暗闇は、
生きているあいだは決して得ることができない存在であることを、

セリフを執拗に繰り返すことで象徴化し、
人間存在そのものの悲哀にまで昇華する構造。

そこが返って、戯曲の中身を刷り込むような結果になり、
一番『芝居』の中身が伝わってくる作品となりました。

その構成力と照明の様式美には息を呑むものがあり、
「光がつき、始まり、光が消え、終わる」…『芝居』が
人間存在そのものであることをも、表出するものに。

この日の2作品は、
それぞれにおいてベケットの“沈黙と暗闇”の存在を現前させる演出で、
その考え抜かれた思考に感服しました。

【May_06】Samuel Beckett “Play”(1964年 英)


現代劇作家シリーズ6 サミュエル・ベケット「芝居」@日暮里d-倉庫

IDIOT_SAVANT theater company

演出 恒十絲

出演 朱尾尚生 近藤康弘 新井千賀子 三浦寛士 千頭静那

ベケット『芝居』フェス、8団体の公演終了。
最も刺激的な2団体がトリを務めました。

“賢い白痴”ことイディオ・サヴァンIDIOT_SAVANTの「芝居」は、
20分の1スケールでd倉庫を再現し、
そこに忠実に(おそらく8団体中最も)「芝居」を上演する…という全ての裏をかいたような演出。

その上演を司るのが「審問官」という存在で、
カメラによって投影するのがベケット自身という構成。

演出家の恒十絲さん曰く、
「闇の外には闇が拡がり、そのさらに外にはもう一つの闇が拡がる…入れ子構造」
をミニチュアで俯瞰的に見せることで、表出したかったと。

その構造はまさしく、ベケットが『芝居』において見せたかった人間存在の宙ぶらりんな状態

最後「審問官」だった女優・千頭静那さんが、3つの骨壺をハンマーで破壊する行為は、
愚かなる人間への見せしめにも見えて、震える結末となった。

ふだんは身体をフル活用した作品が主のイディオ・サヴァン。
ハンマーを振りかざし、骨壺を一撃するくだりは、
役者の集中力と身体の緊張が伝わってきて、この劇団を凝縮する見せ場でした。

【坂巻ルーム】0403_山田零+タッタ


部屋と絵と行為『坂巻ルーム』@東陽町.kiten
2016年2月27日~4月10日

総括 奥野博
作家 坂巻裕一
照明 白場暮
映像 チャーリー河村
写真 bozzo、macoto fukuda、笠原弓香
料理 青梅博子

写真photo by bozzo分UPしました。
【on_Flickr】0227-0410_S-ROOM

ひとつの部屋で40日間、
坂巻裕一画伯の絵に刺激されて繰り広げられた行為の数々。
その変遷がたのしめます。
これは時間と空間における共同作品だと思います〜!すんばらしい!

●行為(未収録_4公演)
2/27土 南阿豆 舞踏
3/5土 清水友美 ダンス
3/11金 万城目純 ダンス(未収録)
3/12土 阿坐弥 三味線
3/13日 梅澤妃美 ダンス
3/19土 岡佐和香 舞踏(未収録)
3/20日 新井千賀子 ダンス
3/26土 浮世モード(やましん・秦真紀子・罪/月読) ダンス・インスタレーション(未収録)
3/27日 関谷泉 パフォーマンス
3/31木 三浦宏予・玉内集子
4/2土 阿久津智美 ダンス(未収録)
4/3日 山田零+タッタ 演劇
4/8金 村上理恵 ダンス
4/9土 小林嵯峨 舞踏
4/10日 深谷正子 ダンス

坂巻裕一 
美術家。制作主題は無意識・無対象。
1978年茨城県水海道市生まれ
2003年多摩美術大学情報デザイン学科卒業。
2011年個展「坂巻裕一 いのち」
2012年個展「坂巻裕一 景色」
2014年毎日書道展前衛部門佳作。

【Apr_27】「ロクな死にかた」東京公演終了


アマヤドリ「ロクな死にかた」東京公演終了〜!

東京での23ステージを終えて、残り11ステージ。
公演場所を仙台→大阪、と移動する。

初演が2011年2月。
その直後に未曾有の震災を迎え、東北地方では2万人が帰らぬ人となった。
その被災地である仙台市若林区で、この作品はどのように受け止められるのだろうか?

→NHKスペシャル「風の電話〜残された人々の声

震災から5年経った岩手県大槌町にある、
1台の電話ボックス「風の電話」。

電話線は通っていない。
遠くへ行ったあの人への思いを、風に乗せて伝えてくれる。

大槌町は死者行方不明者862人のうち、421人が未だ見つかっていない。
5年という月日のあいだ、居なくなった人への思いを、この「風の電話」がつないでくれた。

「この寒いのに、風邪引いていねえか?
 早く見つかれ〜。早く帰ってこ〜。
 元のとこさ、うち建てっから。
 モノなんだり食べて、どこでもいいから生きてろ」

「ツライからって、忘れようとしたら、
 誰が家族の証、覚えてんだって。
 ぜったいに忘れねぇ。」

「父さん、今みんな家族全員がんばってから、
 心配しなくていいよ。お父さんは元気?
 聞きたいことがひとつある。なんで死んだんだよ〜?」

帰らぬ人への思いを、電話ボックスの中で、独り、吐露する。

思えば、アマヤドリの「ロクな死にかた」も、
鞠井くんの死を受け入れるまでのお話だ。

死んでも更新されるブログ。
誰かが鞠井くんになりすまして書いている。

そのことを突き止め、問い詰める中で、
死んでもなお、鞠井くんは、それぞれのココロに生きていることを悟る。

「もう死んだんだぁと、思えるときが来るまで、生きてると思っていてもいい」

愛する人の死を受け入れること。
もう死んだんだぁと、思えること。

それまでは、胸に去来する思いを慈しんで、
時には電話ボックスで激しく吐露して、
大きく揺さぶられながら、生きていく。それでいい。

群像劇というカタチをとるこの作品は、
ひとりの死を巡ってのさまざまな人たちの時間の流れが重なることで、
大きな都市のリズムを巨視的に表出する試みがなされている。

5年という歳月の中で、「もう5年」「たかが5年」と、
思いは異なるものの、あの時の、あの瞬間は、東北に行けば、今も現存するのだ。

そこまでは地続きである…ということ。
わたしたちは過去からつながる今を、生きている…ということ。

主宰広田淳一さんの戯曲は、
そこまでの振幅でもって、
ひとりの死を描こうとしているのである。

その邂逅を目撃するために、ボクも仙台に入ります。

2016 年5 月13 日(金)〜16 日(月)@せんだい演劇工房 10-BOX box-1(仙台)
5 月13 日(金)    19:00☆
5 月14 日(土)    14:00☆/19:00
5 月15 日(日)    14:00
5 月16 日(月)    14:00
※受付は開演の45 分前、開場は30 分前です。