【Jun_29】班女[老齢Ver]花子


劇団山の手事情社公演「班女@The 8th Gallery
作/三島由紀夫
構成・演出/大久保美智子
監修/安田雅弘

[老齢Ver]
花子=大久保美智子、実子=中川佐織、吉雄=橋口久男

[若輩Ver]
花子=鹿沼玲奈、実子=武藤知佳、吉雄=田中零大

[妙齢Ver]
花子=中川佐織、実子=大久保美智子、吉雄=橋口久男

【Jun_29】班女[老齢Ver]実子&吉雄


劇団山の手事情社公演「班女@The 8th Gallery
作/三島由紀夫
構成・演出/大久保美智子
監修/安田雅弘

[老齢Ver]
花子=大久保美智子、実子=中川佐織、吉雄=橋口久男

[若輩Ver]
花子=鹿沼玲奈、実子=武藤知佳、吉雄=田中零大

[妙齢Ver]
花子=中川佐織、実子=大久保美智子、吉雄=橋口久男

【Jul_03】『班女』と『みづうみ』


劇団山の手事情社公演「班女」@The 8th Gallery
作/三島由紀夫
構成・演出/大久保美智子
監修/安田雅弘

明日楽日を迎える『班女』の妙齢Ver.を観劇。
山の手ならではの解釈と動きに感嘆の声を上げてきたのだけど、
見終わって、はて?これは『みづうみ』の世界と近いものがあるわな…
と帰路に考えを巡らした。

川端康成の『みづうみ』は1955年に新潮社から刊行されているのだけど、
三島由紀夫はこの小説を「華麗な暗黒小説」と愛憎交えた感想で讃えている。
そして、翌年の1956年に『近代能楽集』は刊行されていて、
ボクは思うに『班女』は図らずも『みづうみ』に触発されている部分があるのでは?と踏んだ。

…というのも、『みづうみ』における銀平は
自分の妄想をひたすら成就するために「ゆきずり」の女を追い掛け、
最後まで自身の醜悪さと心の憧憬である「みづうみ」とのギャップに
「生きる」ことの意味を問うのだが、
この『班女』における花子も良雄を待ち続けることで、
決して成就しない自身の望みを糧に「生きている」と言えるからである。

演出ノートで大久保さんも記しているけど
「ネガティブが極みまで行くと反転して輝きを放つ」とは、
gojunkoの感想でも記した…
「生まれてきてしまった」負い目をひたむきに成就しようという、
地上の存在に成り切ろうという、不完全な自己への不完全ゆえの完結…を目指す
生そのものへの全肯定があるのではないか…と。

晩年の川端康成がそのような方向性へと向かったのには、
やはり人生を「生き抜く」ことへの負い目がずっとついて回ってきたから、だと思うのだ。

『班女』を堪能して、自分にとっての生きる指針がひとつ加わったような、
そんな…鍵がひとつ開いたような、感慨をもった。

明日が楽日、2ステ。

【Jun_24】今年17歳、真実を知るには十分に生きた。


劇団820製作所『踏みはずし(Retake)』@調布市せんがわ劇場
作・演出:波田野 淳紘

『せんがわシアター・セレクト』

<Cast>
洞口 加奈
亀尾 建史
佐々木 覚
真宮 立佳
荒井 るり子(映像出演)

<STAFF>
音響:齋藤 瑠美子/照明:みなみあかり(ACoRD)/
演出部:加藤 好昭・城戸 啓佑/小道具協力:育進向学舎

【Jun_24】せんがわシアターセレクト受賞作品


劇団820製作所『踏みはずし(Retake)』@調布市せんがわ劇場
作・演出:波田野 淳紘

『せんがわシアター・セレクト』

<Cast>
洞口 加奈
亀尾 建史
佐々木 覚
真宮 立佳
荒井 るり子(映像出演)

<STAFF>
音響:齋藤 瑠美子/照明:みなみあかり(ACoRD)/
演出部:加藤 好昭・城戸 啓佑/小道具協力:育進向学舎

【Jun_24】いよいよ明日から『踏みはずし(Retake)』


劇団820製作所『踏みはずし(Retake)』@調布市せんがわ劇場
作・演出:波田野 淳紘

『せんがわシアター・セレクト』

<Cast>
洞口 加奈
亀尾 建史
佐々木 覚
真宮 立佳
荒井 るり子(映像出演)

<STAFF>
音響:齋藤 瑠美子/照明:みなみあかり(ACoRD)/
演出部:加藤 好昭・城戸 啓佑/小道具協力:育進向学舎

【Jun_21】gojunko第4.5回目公演@早稲田theater_option


gojunko第4.5回目公演@早稲田theater_option
『はたち、わたしたち、みちみちて』『ウミ、あした』

【作・演出】郷淳子

【キャスト】『はたち、わたしたち、みちみちて』
       宍 泥美/とみやまあゆみ
      『ウミ、あした』
      石澤希代子/えみりーゆうな

【スタッフ】照明:横山紗木里/音響:大矢紗瑛/宣伝美術:山羊
      制作:河本三咲/企画・製作:gojunko

【Jun_21】「生」そのものを丸抱えしようという折り目正しさ


gojunko第4.5回目公演@早稲田theater_option
『はたち、わたしたち、みちみちて』『ウミ、あした』

『はたち、』も『ウミ、』も女性2人の会話劇なんだけど、
人間の普遍的な部分を表出しようとしていて好感。

前作不完全な己たちもそうだったのだけど、
そこにあるのは人間が本来持ち得ている真摯な感受性…といったもの。

先入観に流され、社会的慣習に流され、周りの目に流され、
本来感じている生き物としての鋭い感性が摩耗しがちな社会生活の中で、
もっとビビッドに、もっとクリアに、自身の命を輝かせよ…というメッセージが、
gojunkoの劇作からは伝わってくる。

もちろん、『はたち、』も『ウミ、』も女性特有のねちっこい感情が
ウィット富んだセリフの応酬で浮き上がってきて、素直に楽しめる作品なのだけど、

それ以上の射程の長さが鑑賞後ずっと突き刺さっていて、何とも言えない思いに。

それは、その背景にある劇作家自身の生き様が透けて見える…というのもあるのだけど、
生まれてきた以上「生きる」ことにもっと感度を上げていこうや!という、
「生」そのものの謳歌がドンと伝わってくるのだ。

特に『ウミ、』におけるカノン熱唱のシーンには、
そのメッセージが凝縮されていて目頭が熱くなった。
男だとか、女だとか、そういった性差を超えた
「生まれてきてしまった」負い目をひたむきに成就しようという、
地上の存在に成り切ろうという、不完全な自己への不完全ゆえの完結
「生」そのものを丸抱えしようという折り目正しさに、ハッとさせられるのだ。

27日まであと4ステ。

【Jun_22】平田オリザ“金字塔”作品


青年団第76回公演
『さよならだけが人生か』@吉祥寺シアター
作・演出:平田オリザ
2017年6月22日(木)-7月2日(日) 16ステージ

出演
山内健司 小林 智 太田 宏 石橋亜希子 荻野友里 
小林亮子 立蔵葉子 森内美由紀 石松太一 伊藤 毅 
井上みなみ 小瀧万梨子 佐藤 滋 前原瑞樹 串尾一輝 
藤松祥子 大村わたる 寺田 凜

【Jun_22】さよならだけが人生か。


青年団第76回公演
『さよならだけが人生か』@吉祥寺シアター
作・演出:平田オリザ
2017年6月22日(木)-7月2日(日) 16ステージ

初日観劇。25年前の作品の3度目の再演。
当時は相当前衛的な試みだらけだったのだろうな…と思わせる
「反」演劇的演出の数々。

「反」演劇的というと、「じゃあ、なにが演劇的なのか?」と突っ込まれそうだけど、
およそ演出というモノがとことん排除された舞台…で、

照明の効果をまったく排除した全点灯、光燦々照明。
音楽による「印象操作」をまったく排除した、NO_BGM。

ここまでは青年団としてはスタンダードな話だけど、驚いたのが、

会話を聞かせようとさえ思っていない_3話者同時進行の脚本。
これも今作に限った演出ではないけど、今回はその傾向が強かった。

とにかく工事現場の飯場を舞台に関係者が出入りするだけ…という、
究極の「日常生活トリミング作品」。
どこまでも自然で、どこまでも普通なことが、極めて不自然なワケで、
その切り取られた日常が、舞台で垣間見られる…っつうシチュエーションを
「演劇」と称して見せている平田オリザのスゴさ。

どこまでも自然で、どこにも行き着かない会話劇がだらだらと続くだけの舞台なのだけど、
そこかしこにオリザ節が隠れていて、
人間の多様性やコミュニケーションの多層性を考えてしまう。

何度観ても楽しめる作品だし、どこまでも牧歌的喜劇なのだけど、
このような切り取りを舞台にまでUPしなければならない…現代社会の歪みと窮屈さが、
逆に浮き上がって見えて、相変わらずオリザは攻めてるな…と思わせた。