【Mar_18】Ralph Waldo Emerson『大霊』


地球が大気の柔らかな腕に抱かれるごとくに、私たちは大いなる自然の中で安らいでいる。
この大いなる自然が、「統一」、「大霊」であり、その中で、
すべての人間の個々の存在が、他のあらゆる存在と一つになっている。…

私たちは、生命を受け継ぎながら、
部分や単位に分断された状態で生きている。

その一方で、人間の内には、全体としての思慮深い静寂普遍の美が存在し、
どの部分、どの単位も一様にそこに繋がって、永遠なる一つを成している。

私たちはこの深遠な力の中にあって、
その力のもたらす至福をすっかり手に入れることができる。
そしてこの力は、どの瞬間にも自己充足し、完璧であるのみならず、
見る行為と見られる対象、見る者と見られる光景、主観と客観とが一つになっている。

私たちはこの世界に存在するものを、
太陽、月、動物、木……というように別々の現象としてとらえる。
だが、これらの輝かしい部分のすべてが一つになっている全体、それこそが魂なのである。…

はっきりしているのは、
人間の内なるは私たちの存在の背景であり、
現象のすべてはそこに内包されているということだ。

の広大さは私たちの理解を超えている。
内側あるいは背後から発せられる光は、
私たちを通じて輝き、物事を照らし出す。

そのとき私たちは、自身はであり、
がすべてであることに気づかされる。

一人の人間は、
あらゆる叡智、あらゆる善が納められた神殿を外から見た一面である。…

魂が人間の理知を通じて呼吸をするとき、
それは才能となり、
人間の意志を通じて呼吸をするとき、
それはとなり、
人間のの中を流れるとき、
それは愛となる。…

この純粋な性質を、
すべての人間はいつかは感じるようになる。

それを言葉で言い表すことはできない。

あまりに微妙なものであるから。

それはとらえどころがなく、計り知れないものだが、
それが私たちの中に充満し、
かつ私たちがその中に包含されていることに、私たちは気づいている。
人間の内側にはあらゆる霊的存在があることを、私たちは知っている。…

私たちは一面では、
深遠な霊的本質に、神の性質に開かれているのである。