
西川美和監督新作『永い言い訳』
「人生は、他者だ。」
この印象的なフレーズが、終盤のシーンで目に飛び込んでくる。
正直、つかみかねた。
人生が他者?どういうことだ?
もやもやしたまま映画館をあとにした。
そして、片岡義男著『ジャックはここで飲んでいる』の書評に目が止まった。
「人生は、実は自分の外にある。人生は何もかも、
すべて自分の内側にある、と思っている人がじつに多い。
したがってうまく行かない人生が、じつに多い。
人生が自分の内側にあると思うな。」
「つまり人生とは関係の作り方とその維持の仕方にほかならず、
自分を外から観察しようとする意志と行動によってのみ、新たな局面が訪れる。」
『永い言い訳』はまさに、人生を手玉に取っていたタレント小説家が、
自分の内側(内面)ではなく、外側(事故・他者)に翻弄され変容していくさまを
1年の季節を巡ってていねいに描かれた映画だ。
その1年の締め括りとして作家である主人公が行き着いたコトバ、
それが「人生は、他者だ。」というフレーズ。
自分ひとりでは生きられない、他者の存在なしには生き仰せられない…そのことに気づく物語。
中盤、同じく妻を喪った大宮陽一とその息子の間で起こる諍いも、
双方にこの「他者」を気づかせるもの。
考えてみれば、人生は「他」を知ることで「己」を豊かに育むプロセスであると言えるのかもしれない。
写真家上田義彦氏の繊細なメインヴィジュアルが美しい。
全篇16mmのフィルム映像も生々しい質感だ。
そうそう、写真もまた、他者性を多分に含んだ表現。
他者との接触なしに写真は成立し得ない。
世界と対峙し客体化したときに初めて「撮る」行為が屹立するからだ。
つまり、ボクの写真もまた、人生とともに豊かに成り得るということなのかも知れない。
震災後5年を経て結実した西川映画。この到達点は尊い。