【Mar_24】西村伊作自邸


和歌山県新宮市に1914年建立、国の重要文化財。
西村伊作が自ら設計を手がける。

中上健次が主宰した「熊野大学」の前身「隈ノ會」の会場として使用されてもいる。

健次にとって大逆事件で処刑された43歳の医師大石誠之助は、
小説でもっとも描きたかった人物であり、
表現者として、国家権力につぶされた大石を描くことは、
新宮という土地が担わざるを得なかった
「神武以来敗れ続けてきた闇に沈んだ国=隠国(こもりく)」
「大和に平定された場所=逆さまの国家」
の宿命と向き合うことでもあった。

  「隷従の文化に縛り付けられているこの地方には、
   現実の力の壁を食い破るエネルギーが満ちており、
   神話や物語が現実に内在した豊饒の世界がある」

大石の甥にあたる西村伊作もまた、
叔父のリベラルな精神を受け継ぎ「文化学院」を創立、
戦中は不敬罪により投獄されるのだけど、

大石誠之助、西村伊作、そして南方熊楠や中上健次に共通しているのは、
この土地がもつ独特の風土、海と山が混淆する「陸の孤島」に育ったこと。
北方の植物と南方の植物が併存する類い希な「大いなる自然の宝庫」で育まれたこと。

人知の及ばぬところがある…と思い知らされた経験があるから、
人間主導の浅はかな「国」の成り立ちは、はじめから信用していなかったのだと思う。

そして震災後のニッポンは、相変わらず迷走を繰り返している。
東北の民を、フクシマをおざなりにしたまま、MOX燃料をフランスから持ち込もうとしている。
普天間基地移設を自治体レベル、市民レベルの問題に落とし込み、「主権回復の日」を祝おうとしている。
被災地復興に手をさしのべるのではなく、アベノミクスのマジックで企業の私財に加勢することで
忌まわしき「3.11」を忘却の彼方へと葬ろうとまでしているのだ。

畠山美由紀の「我が美しき故郷」じゃないけど、
東北の民も、沖縄の民も、熊野の民も、厳しい自然から学んでいるところが大きいのだろう。

人間至上主義からは、近視眼的な発想しか生まれない。