
毎年、この日になると、
護憲VS改憲の話が紙上を賑わせるが、
今年78歳の憲法学者、樋口陽一さんの言葉は
憲法の立ち位置をあらためて知らしめてくれた。
近代国家における憲法とは、国民が権力の側を縛るものです。
権力の側が国民に行動や価値観を指示するものではありません。
数年前に与野党の政治家たちが盛んに言っていた、
憲法で国民に生き方を教えるとか、憲法にもっと国民の義務を書き込むべきだ
…などというのはお門違いです。
今から120年も前、大日本帝国憲法の制定にかかわる政治の会議で、
伊東博文がこう語ってます。
「そもそも憲法を設くる趣旨は、第一、君権を制限し、
第二、臣民の権利を保全することにある」
橋下市長が、条例で君が代斉唱の際、直立不動を義務づけたりしているが、
「国民が権力の側を縛る」の理屈からすると、ちゃんちゃらおかしな話だ。
自分たちの社会を作ってきた先人たちが何を考え、
どういう犠牲を払って何を達成し、何を達成できなかったのか。
どれを継承していくか、捨てるものがあるとしたら、何か。
過去の蓄積の上に現在があることを、忘れないでください。
近視眼的に物事をとらえるのではなく、65年という歳月の中で
ひたすら守られてきた今の憲法をひとつひとつ読んで確認してみるのも、一考だと思う。