【sep_08】生まれては苦界、死しては浄閑寺


1855年の安政江戸地震で浅草・深川の埋め立て地は甚大な被害を受け、
吉原遊郭の遊女たちの死体はここ浄閑寺に投げ込まれた。

 「生まれては苦界、死しては浄閑寺」

とは、その遊女たちの薄倖の様をうたった花又花酔の川柳。

平均年齢21歳という若さでこの世を去っていった女たち。
その寄る辺ない思いが、ここ浄閑寺の新吉原総霊塔に眠っている。