【bozzo】FOREVER 41


3月25日。誕生日。
雨が一日ふりそぼる気温8度の東京。

台東区の書道博物館
中村不折の龍眠帖を観に行く。

3時間どっぷりと書の世界にひたる。

外の雨を静かに感じながら、
白と黒のシンプルな世界における「粋」を堪能する。

その後、浅草今半へ。
創業明治28年。江戸の「粋」が詰まった「すき焼き」を食す。

      ●

一日、台東区の時間感覚に触れながら
サウダーヂとJobimと「粋」について思考をシャッフル。

…ボクはいったい何に感動しているのだろう?

中村不折の書にしろ、浅草今半のすき焼きにしろ、
アントニオカルロスジョビンの300に及ぶ楽曲にしろ、
そこに横たわるモノってなんなんだ?

ジョビンと仲間たちが創造した新しい音楽のカタチは、
50年の紆余曲折を経て、BossaNovaに昇華された。

そこにはサウダーヂが常にあった。
…サウダーヂって?
ボクは思うに、それは「想い」なんじゃないかって思うんだ。

前出の上田力さんが、沖縄の唄者古謝美佐子さんに
サウダーヂを感じたって読んだとき、
ボクはそう思った。

沖縄には昔から「祈り」を重んじるところがあって、
いまだに御願所がしっかり機能している土地だけど、
古謝さんの唄には常に「祈り」が込められている。

あの人の唄は「祈り」そのもの。

それは強力な「想い」が情念として埋め込まれて、はじめて立ち上がってくるもの。

Jobimの楽曲に「情念」なんて言葉は似合わないんだけど、
彼の伝記や岩切さんの著作を読んでみると、そのBossaNova、ブラジルに対する「想い」って
「祈り」にも似た情念が色濃く横たわっている…そう思った。

Bossa Novaって思っている以上にブラジルでは亜流なわけ。

ほとんどがJobimとその周りの仲間たちによって生み出された…といっても過言じゃない。

でもここまで胸に打つ音楽として、今も輝きを喪っていないのは、
彼らのブラジルへの「想い」があったからだと、ボクは今確信してる。

中村不折や浅草今半がその「想い」につながるか…って言うと
ちょっと大げさなことに聞こえてしまうけど、
不折の生きた明治大正昭和初期の日本には、日本を興そう…という強い「想い」があって、
だからこそ彼はフランスパリへ絵画留学をして世界を吸収し、
中国へ赴きカリグラフィーへの造詣を深めていって、
最終的には日本人不折のオンリーワンな書を確立できたわけで。

書道博物館のコレクションはすべて、不折が個人で集めた中国の書の歴史であって、
その量を見せられると彼の書に対する「情念」も実感できるかもしれない。

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ボクは結局、そういった人間の持つ祈りにも似た「想い」に共鳴しているんだと思う。

それを写真で表現できるかどうかは、今後の課題だと思うけど。