昨年末の11月に
滑り込みでチケットを購入し、
立川志の輔を観て
すっかり落語に心酔。
あれ以来、沖縄の落語公演は
欠かさず行くようにしている。
「桂文珍」「神田山陽」「林家正蔵」
そして、今回が2回目の「立川志の輔」。
●
しかし、落語で泣いたのは初めてだった。
「猿後家」「浜野矩随」
2つの噺が聞けちゃうことも相当な贅沢だが、
その緩急がお見事で、声を出して笑ってばかり。
「猿後家」はよくある落語の定番で、志の輔の声音に惚れ惚れ。
安心して観てられた。…しかし、「浜野矩随」はひと味もふた味も違っていた。
「落語」ってのは、ココロを解放してなんぼだろ。
笑いを重ねて、どんどんリリーフされていくってもんじゃないのかい?
…そんな不安をよそに
話の展開がどこまでもシリアスだった。
●
名工彫り師の父、浜野矩康(ノリヤス)の後を嗣いだダメ息子矩随(ノリユキ)。
根っからマジメな気質であったが、腕がついてゆかない。
父親に惚れ込んだ多数の道具屋も、息子の代で愛想つかれ、客は若狭屋の旦那のみ。
しかし、その若狭屋もついに堪忍袋の緒が切れる。
「ゴミやくずみたいなもんしか拵えねえような職人は、死んじまえ!」
暗澹たる心持ちで母親の許に。
事の次第を話すと、意外にも母は
「おめえさんの思ったようにするがいい。死にたいなら死になさい。」
そんな冷淡な母親が、ひとつだけお願いがある…と。
「いずれはみんなあの世へ逝く身。向こうで迷わぬように形見を拵えてくれ…」
矩随は3日3晩寝ずの作業で
母親だけのために「観音様」を拵える。
そして4日目の朝、性根尽き果てた矩随は、その形見を母親へ渡した。
「よくがんばったね、おまえさん。
これを持って若狭屋へ行きなさい。そして30両で売って来なさい」
…まだまだ続く。
●
まるで一人芝居。
これだけ聞かせる「落語」ってあるんだぁ…。
「笑い」が主役ではなく、「物語」が主役な「落語」。
若狭屋の主人に矩随が認められるあたりで、ほろほろ涙が出てきた。
「おお…おおお…」胸の内は嗚咽に波立ち、
未来の自分が見えるようで…あとからあとから感情の山が襲ってきた。
江戸の町人が、いっとき現実を忘れて「落語」の世界に没入するような
その匠な話芸に、ただただ恐れ入った。
