【KICHIJOJI】タカダワタル的ゼロ


タカダワタル的ゼロ

忙しさにかまけて
ブログも更新せず、8月末を迎えた。

その間、南国ドロップスのCD発売記念ライブや
オリオンビールのTVCM撮影、
au沖縄セルラー電話の秋冬プロモプレゼン…など
忙しく時を過ごす。

内省的だった6月、7月から
いきなり活動的な8月へ。

獅子座の夏は
いつもこんな感じだ。

突き動かされている…ような
血踊る季節。

…といって、決して調子がいいわけじゃなく、
淀んだ空気や、歪んだ社会に、
苦虫つぶして愚痴をつぶやく。

ふう、いつものことだ。

最近、日増しに頭髪が抜け、
後頭部がめっきり薄くなったと指摘を受け、
抗なうことの出来ぬ時間の流れに唖然とし、
…ふと、宙を見つめることもある。

そんなときに、「タカダワタル的ゼロ」を観た。

吉祥寺の「いせや」で語る高田渡。

「シゲちゃんはここは何年になるかね?この店入って何年?」
「十年」
「十年か?バカだね~。ははは…十年も居んのコイツ」
「ああいうのがいるんだ。でも好きなんです。ボクはね、
 こういう人たちが好きなの。こういうね、天然ボケみたいなのが好きなの。」

開店前から焼酎のお湯割りを飲んで、
店員に絡んでる。

「飲み屋で飲んでてね、一番好きなのがね。
 いろんなジャンルの人がいてね、その領域を絶対
 乗り越えない。入り込まない。ね。
 それが一番いい。失業、リストラあるでしょ。
 年金制度。老人ホームから出された人とかね。
 そりゃ、いろんなジャンルがいる。
 絵描きがいたり、ミュージシャンがいたり。
 おもしろい人が一杯いるね。」

吉祥寺は、まさにそんな街だった。

いろんなペースで生きていて、
決してお互いの領域に乗り越えない、入り込まない。

吉祥寺…西荻窪…荻窪…阿佐ヶ谷…高円寺…中野…。

そんな連中ばかりが巣くった、中央線沿線。
だから、居心地よかった。

「生活の柄」そのまんまの生き様で
タカダワタルは等身大の唄を歌う。

 ♪夕暮れに あおぎ見る
  輝く 青空
  日が暮れて たどるは
  我が家の 細道
 
  狭いながらも 楽しい我が家
  愛の月影のさすところ
  恋しい家こそ
  わたしの青空

       「私の青空」

ステージの上でも、いせやのカウンターでも
タカダワタル的スタンスで、絶妙な間を演出する。
よくぞまあ、そんな生き様貫けたねえ…と
惚れ惚れするようなマイペースさ。

35年前の高田渡がステージで歌ってる。

 ♪わたしはわたしよ もともとこんなよ
  笑いたかったら きゃっきゃっと笑うわ
  愛してくれれば わたしも好きだわ

全然変わってない。
飄々としたスタイル。

その一徹なところが、心地良い。
世間にわるびれず、自身に正直で
一歩引いたスタンスで、その生き様を歌う。

吉祥寺の「いせや」に行きたくなった。
昼間っから、ビールと焼き鳥で、友と語らいたくなった。