3月14日。金曜日。
相変わらずの曇り空。
ドイツの憂鬱に押しつぶされそう。
今日も一日、美術館を巡り
人生のインプットを。
アルテ・ピナコテーク、ノイエ・ピナコテーク、モダン・ピナコテーク…
…と、年代別に美術館が分けられているのが、いかにもドイツ。
18世紀から19世紀にかけての
アートまっさかりなノイエに足を運ぶ。
とにかく、館内はめちゃくちゃ広い。
まあ、ルーブル美術館には行ったことがないので、
世界の規模はこれが標準仕様なのかもしれないが。
そして、異様に静か。
誰もが無言で、アートと対峙している。
妻曰く、フランス人は、がやがやとじゃかましく
アートを前に語り合うらしい。
そんな意味で、ドイツも日本と同じく
アートに対して一歩引いてるのかもしれない。
精神主義の大日本帝国や第三帝国の影響だろうか。
こないだハンガリー映画の「タクシデルミア」を観た。
人間の欲望が三世代に渡って描かれたグロテスク極まりない映画。
しかし、それがよかった。
三世代目の剥製師は、自らのカラダを剥製にして、
永代に残そうと試み、死んでいく。
残された肉体は、ダビデ像のように、
首と右手がないまま、台座に立ちつくしている。
アートって結局、そこに行き着く。
RADWINMPSの「バグッバイ」が心に響く。
生まれてくる前に願ってたことは
夜明け告げる朝に夕焼けを見せたげたい
きっと惹かれ合って きっと恋に落ちるよ
いつの間にか生まれてきて、
突然、消失を言い渡されて、
この世から、いなくなる。
せめて、そのもがきを
アートでカタチにしたい。
タクシデルミアの剥製師は
その究極なアートをやってのけた。
膨大な数の、「もがき」が、
静寂な館内に、陳列されている。
僕がいなくても地球は回るのに
地球がいないと僕は生きれない
僕がいない朝に 何か降らせてほしい
it’s so easy but it’s so crazy
僕のいた朝と 僕のいない朝は
どっか違っててほしい 少しだけでもいいから
彼らの「もがき声」が、
ボクの中で共鳴する。
だから迷うんだ 行ったり来たりと
僕の逝く道の上で立って待っててよね
「ほら、こっちだよ」って「こら、そっちじゃないよ」って
今日も一日、路頭に迷う。
