【MUNICH】根源からお金を問うこと…2


3月13日。雨に濡れる白鳥。
ルートヴィヒを想う。

「お金」が「お金」を生み出す「資本主義」。
そこにどんな無理が生じてくるのか。

もともとない「価値」を
「お金」の売買で架空に作り出している。
そこが無理な話ってこと。

何かを生産せずに対価を受け取ることは不可能だから、
「お金」を借りてしまった債務者は、
何かを生産しなければならない。

それがdevelopment「開発」。

あらかじめ想定した「売上げ」を申請して、
銀行から資金を借り、大きく土地を開発する…なんてこともある。

どちらにしても
「お金」が生んだ架空の「お金」を
実質的に生み出すために「開発」が生まれる。

利子が膨らめば、それだけ開発の規模も膨らむ。

「先物買い」みたいなイメージだろうか。

「モノ」と「モノ」の間を取り持つ「お金」が
未来に生み出す価値を「先に」生み出して大きくなっていく。

しかも右肩上がりに…留まることを知らず…。

それって、どういうこと?
「お金」が「お金」を生み出した分だけ、
ボクらは未来を食い散らしている。

未来の価値を雪だるま式に転がせば転がすほど、
未来に耕すはずだった土地は、どんどん開発され、
破壊され、急激な成長を生み、
債権者はどんどん金持ちになって、
債務者はどんどん蝕まれていく。

この100年で、世の中が急激に変わったな…と感じた原因は、
「資本」を先売りすることで「未来」を先買いした結果だったのだ。

そして、地球は環境破壊が進み、
素に戻れない状況まで追いつめられてしまった。

「お金」が「お金」を生み出すサイクルは、
どんどん加速の一途と辿っている。

ミヒャエル・エンデは、ここに警鐘を鳴らしたのだ。