【Dec_07】石牟礼道子『天の魚』


生死のあわいにあればなつかしく候
みなみなまぼろしのえにしなり

おん身の勤行に殉ずるにあらず 
ひとえにわたくしのかなしみに殉ずるにあれば 
道行のえにしはまぼろしふかくして一期の闇のなかなりし

ひともわれもいのちの臨終 
かくばかりかなしきゆえに 
けむり立つ雪炎の海をゆくごとくなれど 
われよりふかく死なんとする鳥の眸に遭えり

はたまたその海の割るるときあらわれて 
地の低きところを這う虫に逢えるなり

この虫の死にざまに添わんとするときようやくにして 
われもまたにんげんのいちいんなりしや
かかるいのちのごとくなればこの世とはわが世のみにて
われもおん身も
ひとりの極みの世をあいはてるべく
なつかしきかな

いまひとたびにんげんに生まるるべしや
生類のみやこはいずくなりや

わが祖は草の親
四季の風を司り
魚の祭りを祀りたまえども
生類の邑はすでになし

かりそめならず今生の刻をゆくに
わが眸ふかき雪なりしかな

(石牟礼道子『天の魚』より)