【Feb_09】ウリ・オモニ_暗夜の胎児


劇団態変_金満里ソロ公演『ウリ・オモニ』終演しました。

こちらに写真UPしてます。
【on_Flickr】0209_ULIOMONI

監修/大野一雄
振付/大野慶人

照明/三浦あさ子
音響/仙城真
メイク/倉橋かおり
舞台監督/相良ゆみ

3日間、金さんのソロに立ち会いました。
その中で心掛けたのは執拗に見ること。

金さんの一挙手一投足つぶさに見つめ、そこに顕れる言葉をダイレクトに受け取ることでした。

すると、クレッシェンドに発する言葉の伝わりが増えてきて、
千穐楽ではその声の力にハッとすることしばしば。

在日であり、女であり、健常者社会の弱者である金満里の、
人間としての尊厳をまざまざと見せつけられた舞台でした。

「標準語を強いられるとは、身体の声が損なわれること」。
多義的な含みを持った姜信子さんアフタートークでの言葉。

人間は地続きに大地とつながっていて、その場の空気・水・光とともに育まれる。
そのようなごにょごにょとした実在であること。

それは、沖縄問題、改ざん問題、原発ムラ、
などの現代社会の病巣を炙り出す根源的な真理だと。
“森羅万象”の道理を得た思いです。

#photobybozzo

【Feb_06】CO.RURI MITO『MeMe』終演。



CO.RURI MITO『MeMe』@三鷹芸術文化センター「星のホール」全公演終了。

るーさんの身体性と指向に共鳴して追いかけてきたけど、
『MeMe』でひとつの金字塔築いたなぁ。

粘菌みたいに様々なボーダーを飛び越えて、
命そのものみたいな雲集霧散を繰り返し、
増殖する様を見たのだけど、

それって三東瑠璃が9人、12人と増殖しているようにも見えて、
スゴいなぁ、育ったなぁ、引き継いだなぁ、って思った。

#photobybozzo

【Feb_02】イ・チャンドン監督『버닝』(Burning)


イ・チャンドン監督『버닝』(Burning

「時々納屋を焼くんです」

「世の中にはいっぱい納屋があって、それらがみんな僕に焼かれるのを待っているような気がするんです」

「15分もあればキレイに燃え尽きちゃうんです。まるでそもそもの最初からそんなもの存在しなかったみたいにね。
誰も悲しみゃしません。ただ_消えちゃうんです。ぷつんってね」

「でもそれが不必要なものかどうか、君が判断するんだね」

「僕は判断なんかしません。観察しているだけです。雨と同じですよ。
雨が降る。川があふれる。何かが押し流される。雨が何かを判断していますか?」

                    (村上春樹著「納屋を焼く」より)

納屋を焼く…という行為にもつれる人間関係を、
「見る/見返す」の映像描写で巧みに演出する監督。

イノセントな存在がモラリティーに排斥される非業を、
秩序の外側から見守ることで、その居場所を真摯に問う。

「納屋を焼く」とは、どういう行為なのか?

不要なモノを排除する…雨が降って川があふれ、押し流されるように。
それは自然なことなのか?
排除し、存在を打ち消し、そもそも無かったかの如く振る舞うことが、正義なのか。

「見る」という一方通行の思考からは生まれ得ない答えを、
「見返す」という多義的な視点を提示することで【救い】を予感させる結末は、
イ・チャンドン監督の一貫したテーマだと思う。

それは村上春樹もまた、小説の中で提示し続けてきたものだ。
「見返される」ことで生まれる実在感。能動的であれ!と煽動する社会において、
受動態の貴さを鮮やかに見せた映画。必見。

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