
お待たせしました〜!
写真UPしました。
『阿美族を巡る旅』The Trip over AMI-TRIBE.
【on_Flickr】0319-23_AMI-TRIBE
【Mar_19】台北_豆花

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【Mar_19】台北_林森路

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【Mar_19】阿美族を巡る旅_桃園空港

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【Apr_04】日本には目標がない_by内田樹

内田樹氏「日本には目標がない」
#BLOGOS
「ヴィジョン」とは、
自分たちの国はこれからどういうものであるべきかについての国民的な「夢」のことです。
かたちあるもののではありません。「まだ存在しないもの」です。
でも、それを実現させるために国民たちが力を合わせる。
そして、そのような夢を共有することを通じて人々は「国民」になる。
そういうものなんです。まず国民が「いる」のではありません。
「あるべき国のかたちについて同じ夢を見る人たち」が国民に「なる」のです。
その順逆を間違えてはいけません。
目的がなければ身体は動きません。
動かないから、そこに身体があるということさえ実感されない。
それは「身体がない」というのと同じことです。
それから後はずっと仄暗い絶望感が日本を覆い続けています。
「日本を取り戻す」という安倍政権の回顧的なスローガンは
「日本にはもう未来がない」ということの言い換えに他なりません。
それが国力衰退の徴候だということに気づきながらも、
風通しのよい、向日的な未来社会を描く想像力がもう作動しなくなった。
ロシアのプーチンや中国の習近平の「終身独裁者」システムの採用は、
それらの国々の政策決定者たちが「変化を恐れている」ことの徴候です。
未来に希望がないから変化を恐れるのです。
「金が欲しいのは金が欲しいからだ」というループに
はまり込んだのは実は経済活動をする目的が見えなくなったからです。
かつては復興と主権回復という明確な国民的目標がありました。
自分たちの日々の経済活動がそのまま国運の興隆とリンクしているという実感があった。
自分が額に汗して働けば、国が豊かになり、国民が幸福になり、
やがて国家主権が回復されて、晴れて独立国になれるという夢があった。それがなくなった。
その結果が今の日本の「ていたらく」です。
別に日本人そのものが倫理的に劣化したわけではありません。
「夢」を持てなくなってしまったことの、これは帰結です。
「自分ひとりがよければ他の人のことはどうでもいい。今さえよければ先のことはどうでもいい」
という考え方について国民的な黙契が成立したのです。
「日本にはヴィジョンがない」というのはそういうことです。
日本人はこれからどんな「夢」を見るべきなのでしょう。
そもそも果たして「次の夢」を見ることができるのでしょう。
この問いに軽々に答えることは自制しなければなりませんけれど、
それでも一言だけ言わせてください。
そのような国民を統合できる「夢」がもし存在し得るしたら、
それは「これまで誰も思いついたことのないようなまったく新しいもの」であると同時に
「あ、それね。その手があったか」と聞いた全員がたちまち笑顔で得心できるような
「懐かしいもの」でなければならないということです。
新しくて、そして懐かしいもの。
そういうものを見つけ出すのはたいてい若い人たちです。
写真は、台湾は花蓮の「松園別館」。
大東亜時代の日本統治下における「花蓮港陸軍兵事部」です。