【Aug_15】永遠の道は曲りくねる。


宮内勝典『永遠の道は曲りくねる

明日は敗戦の日。72年経ってもケツからクソ垂れ流しの事態だってことが、この本を読むとよく分かるわ。

沖縄の洞窟→ガマが舞台で、そのガマが米軍基地とつながっていて…という設定や、
地上戦で10万もの県民が犬死にし、そのために精神分裂病が本土の3倍も発症、
そのほとんどの人が庭に隔離されていた…とか。

その他にも目を覆いたくなるようなエピソードが
70カ国を放浪した宮内さんならではの筆致で子細に綴られ、
ぐわぐわぐわ…と引き込まれた。

何より世界各地のシャーマンが集う祝祭の舞台が沖縄で、
そのホスト役がユタである乙姫様…と展開していく中盤以降は、
もう何が起こっているのだぁ〜と、どんどん物語の洞窟へ。

結局、人間は都合の良いように世界を動かし、
どんどん汚物を垂れ流してきただけじゃないか…と思ってしまう。

終盤のビキニ環礁の話に至っては、
原爆→水爆の人体実験に島民が曝されていたというえげつない話で、
その人体実験の目的が原発売買の物証として…という、「あはれ」としか思えない結末。

どこまでも人間は曲がりくねっておる。

結局、人間が人間を論ずることそれ自体が滑稽至極であり、
その滑稽さを客体化するには、謙虚でなくてはならないのだ…という、
真っ当なところに落ちる。

中上健次も生きていれば宮内さんと同年代。
彼ならどんな叙事詩をトッチラカシタのだろう…と、思わせる一冊。

沖縄を愛する輩にはタマラナイ本だ。

 地上近くで爆発して、金属片が5,60メートル四方へ飛び散って、
 車さえずたずたに切り裂いてしまう。
 山羊も、牛も、人も、こまぎれの肉片に変えてしまうの。
 ハンバーガーのミンチみたいに土壁にはりついていた。
 地べたには小さな耳や指が散らばっていた。
 私は狂ったように叫んでいた。敵の姿はまったく見えないのに血の海だった。
 へたり込んでいると蠅がたかってきて、地べたや土壁が黒くなっていく。
 こちらの手にも群がってくる。
 わたしは狂って、地の底へすうっと沈み込んでいくような気がした。

                                    (156p)

 ジャングルに分け入っていくと、偵察に出ていた米兵たちが木に縛り付けられていた。
 ズボンが引き下ろされて下半身がむき出しになっていたそうです。
 男根が切り取られ、口に押し込まれていた。
 あまりの酷さに茫然となって、心が萎えてしまったというのです。
 ほかのPTSDの退役軍人たちの治療を続けていくうちに
 まったく同じ光景を見た兵がたくさんいることがわかってきました。
 負傷してまだ生きているうちに木に縛りつけられ、
 切り取られ、あそこから血を流し、自分の男根で窒息していった。
 そんな死に方は絶対にいやだ。
 帰還してからもセックスしているときにあの男根が浮かんできて萎えてしまうそうです。

                                    (283p)

【Aug_12】「海辺の生と死」by島尾ミホ


『海辺の生と死』@テアトル新宿

さんざん観るべき映画を見逃してきたので、この映画だけでも…と縋る思いでテアトル新宿へ。
一挙に島時間へ引き込まれた。全篇「満島ひかり=島尾ミホ」のための映画。

1945年3月、沖縄は慶良間諸島に米軍上陸で、その後の本島上陸→南部決戦と悪夢の3ヶ月を送る…という時に、
奄美の加計呂麻島はこんなにも穏やかで、まともな島生活を送っていたのだな…という、
沖縄も上陸前はもしかしたらそれぐらい長閑だったのかしら、と羨むような空気。

8月の原爆投下の時期に至っても、オルガンを弾きながら歌う余裕がある…とは。

実際、加計呂麻島での巡り合わせは思し召しであったのかと思えるほどの、
島尾敏雄中尉と大平ミホのつながりは神秘的でさえある。
息子の伸三さんが2008年に綴った両親の話からは想像がつかないほどの神秘性である。

いや、それだけ純真な愛に没入できたからこそ
戦時を生き抜くことが出来たのかも知れない。
ミホが敏雄を守ったのだ。

それほどの深みを満島ひかりは自然体で演じていた。

これだけ運命的な時間を生きたふたりだからこそ、
死の淵を彷徨う「死の棘」の濃密な時間もあったのか…と思う。

「おとうさんの字は晩年になるに従い、
丸みを帯びて来て、
字を書く時にまで自分を偽っているようで、
私にはむしろ不気味に思えるのでした。」
(島尾伸三)

ますます島尾家を、奄美を、加計呂麻島を知りたいと思った。

【Aug_06】大石誠之助の墓


1911年1月24日に刑死した大石誠之助の墓も、南谷墓地なんだけど、
中上健次の墓と背中合わせのような位置にある。
ちょうどこの写真の背景にあたるところが、健次の墓の位置。

中上健次もまた、熊野で生まれ、熊野で育ち、大逆事件の因縁を受けて死んでいったのか…と、
大石誠之助の墓前で感入った。

写真UPしました。
【on_Flickr】0805_KUMANO

【Aug_06】没後25年の命日。


08/12は中上健次没後25年の日。

建築カメラマンの助手だった当時の記憶を呼び覚まそうと25年前のノートをめくる。
なんと、25年前の1992年、04/25に尾崎豊が亡くなっていた。
そして、08/04には母方の祖母が69歳で召されていた。
…その悲泣のどん底の時に、中上健次は逝った。

ノートは綴る。

10年前の10/04にはグレングールドも脳卒中により50歳の若さで亡くなっている。
1992年は死が散りばめられていた年だったようだ。

自身の人生も下降を辿り、ガマの中へ落ち込むように翌年、職を辞し、
仙台の実家へ戻ることとなる。

それでもノートには、グールドのコトバを借り、
「一般的な規則から逸脱したもののみが、逆に本当に普遍的なものに到達できるというパラドクス。
…アーティストとしての価値はただ一つ、対象としている世界から隔絶していることだ。
私は孤独な状態でこそ、能力を発揮できる人間なのだ」
と、自分を鼓舞しているのが、痛ましい。

こうやって、25年の時を経て墓前に組して思いを吐露してみても、
偉大なる作家の存在はますます遙か遠く、自身を顧みるばかり。
せめて何かに導かれようと、刻まれた名前をじっと見つめるのみ。

【Aug_02】尾崎菜奈「モノロオグ」


“岸田國士を読む・夏” 参加作品
サカサマナコ×中村蓉 『交叉点』 @南青山MANDALA

写真UPしました〜!
【on_Flickr】0802_SAKASAMANAKO
作/岸田國士

〈あの星はいつ現はれるか〉
  構成 サカサマナコ 中村蓉 
  出演 大垣友
     甲斐ひろな
〈音の世界〉
  構成・振付・出演 中村蓉
〈モノロオグ〉
  演出 吉中詩織
  出演 尾崎菜奈

照明/平曜
制作/伊藤優里

【Aug_02】中村蓉「音の世界」


“岸田國士を読む・夏” 参加作品
サカサマナコ×中村蓉 『交叉点』 @南青山MANDALA

写真UPしました〜!
【on_Flickr】0802_SAKASAMANAKO
作/岸田國士

〈あの星はいつ現はれるか〉
  構成 サカサマナコ 中村蓉 
  出演 大垣友
     甲斐ひろな
〈音の世界〉
  構成・振付・出演 中村蓉
〈モノロオグ〉
  演出 吉中詩織
  出演 尾崎菜奈

照明/平曜
制作/伊藤優里