
Family_Photo_Session@北浦和公園
【on_Flickr】FAMILY_photo_session
竹野に住まう舞台写真家の地域自治。

もはや煩悩の影も消えうせて心は澄み、
この秋の空のごとく、
萬里の天に一片の雲も無きような、そんな心境を表す語。
禅宗の祖師は「衆生本来仏なり」といい、
人間の心というものは本来清浄なる仏性が備わっているとする。
ところが、その真理に疎く無明煩悩に惑わされて
取捨分別の心を起こして迷いの雲をつくり、
陽や月の光を覆うように清浄なる仏性までを
覆い曇らせてしまっているのが、私たちなのである。
しかし、その煩悩の雲を吹き払い、無明の闇を破るとき、
そこには本来の仏性が、太陽が現れるごとく燦然と輝き出るのである。

「トム・アット・ザ・ファーム」@UPLINK
カナダはケベック州の鬼才グザヴィエ・ドランの最新作。
初めて彼の作品を堪能したのだけど、最後の最後に思いっきり頬を叩かれたような衝撃を受けた。
ケベックというカナダでもとびっきりのお堅い土地を舞台にした、
お堅いがゆえにゲイの存在を認めない不寛容この上ない状況下で、
ゲイであるがゆえに疎んじられ、孤立していく様を遠隔的に描いていく手法は圧巻。
四面楚歌の追い詰められた状態だからこそ、人は凶暴となり、ますます先鋭化していく…といった事実を、
物語の進行とともに露わにしていく見せ方は舌を巻く。
全体を覆うサイコサスペンスな音楽も、見ているこちらが孤立していくような錯覚に落とし込まれて秀逸なのだけど、
なによりエンディングにおける展開で、脊髄を鷲掴みされるような驚愕に!!
Rufus Wainwright の「Going To A Town」という楽曲がエンドロールで流れるのだけど、
“I’m so tired of America”という歌詞で卒倒しそうになった。
「そんなアメリカにはもううんざりだ」といった意味なのだけど、
ケベックという田舎町におけるマイノリティへの虐待が、
この歌詞で一挙にワールドワイドな視点へと跳躍する。
アメリカという国がどれだけ偏狭で視野が狭いのか…、
グザヴィエ・ドラン監督は、射程をそこまで拡げてこの映画を制作していたのだ…という事実を知って、
腰骨をガタガタ揺さぶられるような衝撃を受けたのだった。
クリエイションとは、思考に思考を重ね、パンを捏ねるようにあらゆる要素を練り込み、
その上でひとつのカタチに落とし込む作業なのだ…という、
その昇華行為の賜物であることを見せつけられた快作である。もう一度観たい映画。