【Mar_26】ヘッダ・ガブラー


劇団山の手事情社公演「ヘッダ・ガブラー
文化学院_講堂

山の手事情社・安田雅弘演出2度目の体験。
度肝抜かれる…。
シンプルな構成、シンプルな舞台装置、研ぎ澄まされたセリフ_。

   若い頃、確かに持っていた。しかしふと気がつくと
   指の隙間から滑り落ちるように無くなっているもの。
   今回の舞台美術や衣装は、そういう考えのもとに作業を進めた。
   年を取るのも忘れて、何百年も舞踏会を続けていた人々が、
   亡霊となって織り成す物語として【ヘッダ・ガブラー】を捉えなおした。
   かつてカタチを持っていたもの、カーテンや帽子や花束やグラスや本は、
   すでにボロボロになっている。かろうじて意思だけが残った人々が、
   通りかかった女性に「ヘッダ・ガブラー」の物語を、夢として見せるのである。

   亡霊たちの振る舞いは、一見空しく、ばかばかしい。
   しかし、それは取りも直さず、私たちの姿である。
   イプセンが亡くなって、百年強。
   翻って百年後、私たちも含め、私たちが手にするモノは、
   皆例外なく朽ち果てる。しかし、それゆえにこそ世界は美しいのだ…と、
   私には思えるのである。(ヘッダ・ガブラー解説_by_安田雅弘)

手に取るモノすべてがモクズと化した舞台で、役者たちは空疎にモクズをグラスに見立て、演ずる。

その振る舞いが、人間の喜怒哀楽の儚さ、空しさを浮き彫りにしていて、戦慄もの。
身震いがする…身の毛がよだつ…。なんという浅はかな存在なのか…!!

安田演出、クセになる面白さであり、奥深さ。
演劇人にはタマラナイ劇団であること、間違いナシ!
29日〔土)まで。

【Mar_25】三澤教授


「旅するムサビ」中間報告会に参加してきました!

“タビムサ”がどのようなものなのか、
学生たちの報告プレゼンにいろいろ触れて、すごく合点がいく内容でした。

教職課程を専攻している学生たちの美術教育を考える場としてある“タビムサ”。
美術大学が【美術】を看板に掲げている以上、
大学として美術教育のなんたるかを研究していく使命があるのだ…という、
その当たり前のスタンスがとても明快で、

教職課程研究室教授の三澤先生の
「美術というのは、個人的な感覚を言語化する作業であり、
造形言語(形作る言葉)を通してその感覚を共有化し、
“文化”へと育む…社会においてまったき重要な思考であることを浸透させることが急務」
という言葉を聞いて、
義務教育から美術が軽んじられている現実を思い知らされた次第。

この報告会に伺ったそもそもの意義は
多摩美の“出前アート大学”と武蔵美の“旅するムサビ”を連携させ、
美術の重要度を高めていくことにあったのだけど、
ムサビの持つ危機感にやられっぱなしで、
そこに集う東京家政大学や東京学芸大学、千葉大、埼玉大など
“タビムサ”を通じて手を取り合った他大学の存在に…

むむむ、多摩美は相当「井の中、山の中だな」…という印象を持ちました。

クリエイションの悦びを追求するのも大事だけど、
裾野を拡げていくことにもう少し危機感を持って臨むべきではないか。

美術教育危うし!とは、社会のフレキシブル性危うし!ですぞ。