【DUB IT!】LIKKLE MAI


LIKKLE MAI blog

DRY&HEAVYつながりで、大学の先輩であるキーボードの外池さんから
LIKKLE MAIさんにLIVE撮影のお話をしていただいたのが、
今回のオフィシャル撮影が実現したいきさつである。

駆け出しカメラマンにチャンスと希望を分けてもらっただけでもRespectと感謝の念が堪えないが、
出会えたことで得られたものがホントに多かった0212 DUB IT!の撮影だった。

振り返ってみれば、ボクはいろんな岐路でREGGAEという音楽に支えられてきた。

美術大学を目指すキッカケを与えてくれたのは、
REGGAEとBob Dylanが好きな高校の友だちだったし、

彼に連れられた新宿2丁目のReggae Bar「69」では、
当時傍系音楽だったREGGAEを取り巻くアトモスフィア(黒人、体臭、ガンジャ)に
カルチャーショックを受け、傍系思考が開花した結果、
メキシコのカルトムービーEL TOPOとの出会いを与えてくれたし(10代最高の映画体験)、

日本のREGGAEシーンから「MUTE BEAT」が華々しくメディアを席巻し、
ボクも鳥肌モノに心酔し、TRUMPETという楽器に取り組むこととなったし、

楽器を始めた結果、ステージに出演する恍惚感を得、
二十歳にしてCD制作の一助に携わることとなり…さらには、
音楽を演る悦びから得られたパワーで、様々な苦悩を乗り越え、
なにより世界が広がって人間道を深める数多くのことを体験することが出来たし、

2008年には念願だったJAMAICA上陸の機会を与り、
REGGAEが持つ普遍的なもの…その音が生まれた空気や自然…生活…人々、
BOB MARLEYを身近に感じることが出来て、彼が音楽に込めたメッセージ…、
とりわけ自分がなぜこれほどまでにREGGAEで心躍るのか…の理由が発見できたような気がして、
さまざまな意味で「原点回帰⇒リセット」へと円環することになったし、

その結果、カメラマンとして東京での再出発に至った訳だけど、
今回オフィシャル撮影という重圧の中、感覚をフル動員した撮影が、
LIKKLE MAIさんはじめたくさんの関係者に賛辞をいただくカタチになったのは、
ボクとしてはこれ以上の支えはナイ!と言い切ってもいい。

      ●

そして、今回DUB IT!を通してLIKKLE MAIさんのステージやお人柄に接し、
REGGAEを真に愛し…Rspectし…そのバイブレーションをみんなに伝えたい…
というパワーを直に受けられたことは、とても大きかった。

「人間はみな偉い。たとえば毎朝、満員電車で会社に通っている人たち。
 そういう人たちのおかげで、私のようなアーティストという存在が成り立っているんだな
 ってつくづく思います。ソロに転向した当時、DRY&HEAVYを辞めたからといって足元を見る人もいたし、
 色々厳しい現実も突きつけられました。その分、私は周りの人がどれだけ苦労していて、
 どれだけ凄いのか知ったんですね。知れば知るほど、書くことが増えていく。
 自分と関わった人の凄さを感じていれば書くことは一生困らないですよ。
 音楽をやること、会社で働くこと、共通しているのは人間を鍛えるってこと。
 私にとってはレゲエをやること自体が人間道なんです。
 苦労しなくても、良い曲を歌える人はそれでいい。人は人。
 でも私には、色んな人の想いを実感しながら作っていくやり方が合ってる。
 で、このアルバムは、それが今までで一番うまくいった作品だと思うんです。
 伝えたいのはI&I。どれだけ失敗しても辛くても、
 自分には価値があると信じることが大切。そして、自分を大事にするのと同じように、
 周りの人を大事にしてほしいと願ってます。」
                (RIDDIM NO.320-LIKKLE MAIインタビュー抜粋) 

新作について語るMAIさんの言葉に勇気づけられる。

クリエイトすること…とは自分を見つめること。
そして自分を取り巻く環境に素直であること。

今、Antonio Carlos Jobimの妹が書いた伝記を読んでいて、
彼のクリエイトの根底にも同じモノが流れていて、世界に対してものすごくPUREだったりするところに
こちらも感銘を受け、勇気を得たのだけれど、

LIKKLE MAIさんのその純真さは、MarleyやJobimら先駆者から受け継がれてきたものだし、
ボク自身、今後の創作活動の指針になるきらびやかなVISIONなワケで、
なんと言っても、そんなRespectできるアーティストと関われたことが、ボクとしては一番うれしい。

…収穫の多いDUB IT!の一夜だった。

【DUB IT!】LITTLE TEMPO


LITTLE TEMPO

言わずと知れたリトテンサウンド!
Steel Panが会場全体を優しい気持ちにさせる。

それでいてサウンドはものすごいGROOVE!!!!!!!
観ている奴ら全員がその気持ちよさに酔ってしまった。

icchieのトロンボーンソロも光っている。

hakase-sunの何気ないフレーズのひとつひとつが
Steel Panとうまく絡み合い、見事な音楽世界を生み出していた。

しかしなんといってもTICOだろう。

リトテンを15年も引っ張ってきた
彼の世界観がこのバンドの屋台骨だ。

やっぱり音楽はこうでなくちゃ。
そう思わせる懐の深さを思い知らされたステージだった。

会場の模様はこちらの写真でチェック!

【bozzo.jp】⇒【Portfolio】⇒【STAGE】⇒【0213Dub IT!】

【DUB IT!】The HEAVYMANNERS


The HEAVYMANNERS on myspace

コブシを突き上げたロゴが、音楽スタイルをそのまま表している。
The HEAVYMANNERS…なんという押し付けがましいバンド名だろう。
「これが、オレのマナーだ!」と元DRY&HEAVYの秋本“HEAVY”武士が
コブシを突き上げているような、そんな骨太なイメージ。

LIVEもまさに徹頭徹尾HEAVYなサウンドでゴリ押しだった。

硬派な王道DUB。
大音量で身体全身低音まみれになる。

midnightの眠気もこの骨太bassで一蹴されたことだろう。

会場の模様はこちらの写真でチェック!

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【DUB IT!】Yossy Little Noise Weaver


2月12日に恵比寿リキッドルームで行われた
リクルマイさんのレコ発LIVEの写真がやっとUPできた。

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その日のLIVEの模様をかいつまんで紹介する。

まずトップバッターはYossy Little Noise Weaverだ。
初めて耳にするバンド名、サウンド。しかしそのオリジナリティは素晴らしいものがあった。

どんなバンドなんだろうとネットで調べて、合点した。

なるほど、元DETAMINATIONSなんや。

どうりで。

トロンボーンのicchieは今週末代官山LOOP
スペシャルセッションバンドとしてLIVEがある。

【bozzo】じん帯損傷


3月8日。月曜日。
また冬に逆戻り。三寒四温。
洗濯物がまったく乾かない気温8度の曇り空。
古傷の腰や膝が疼くように痛い。

2月13日(土)に痛めた左足首。
捻挫だと高をくくって3週間。
いっこうに腫れが引かないので、本日整形外科へ。

開口一番、医者が言った。
「3週間も放っておいて良い訳ないよね」

捻挫ははじめの一週間の処置が大事。
靭帯がたとえ切れていても固定しておけば、元通りにくっつく。
しかし放っておけば、切れた靭帯はそのまま固まってしまう。

「たとえば10本ある靭帯のうち、2本切れたら捻挫。
 4本切れたら靭帯損傷、5本切れたら手術しなきゃいけない。
 あなたの場合は、おそらく靭帯損傷のレベルです。」

すぐに病院にくれば、靭帯が復活して
元通りに足首もやわらかく動くはずだったが、
3週間も経ってしまうと、元の柔軟性は喪われ、
歩くと衝撃がそのまま膝に伝わり、すぐに疲れてしまうことになるだろう…と。

「今できることは残った靭帯の柔軟性を取り戻すことです。
 低周波の電気でマッサージをかけますから、今日から毎日通ってください」

…やれやれ。

ボクの身体はこうやっていろんなところが取り返しのつかない事態に陥っている。
目、耳、膝、腰…いつも医者にかかる時は、もう手遅れ。
深く頭を垂れて反省する。

もう簡単には治らない身体になっているのだ。

      ●

3月7日の日曜日。雨。
ブライダル撮影、初のメインカメラマン。
「ブライダルデビュー」を三井ガーデンホテル銀座16階のレストランskyで迎える。

10時40分に会場入り。
メインカメラマンとして挙式のプランナーにご挨拶。
タイムテーブルで打ち合わせ。
11時30分からメイキャップ撮影に入ることに。
それまでに会場主要ポイントの露出を再確認。

ウェルカムボードや生花の撮影を行う。

11時30分。25階のお部屋へお邪魔して、
新郎新婦へご挨拶。メイキャップシーンの撮影に入る。

この日のために準備してきたふたり。
こちらも最高の記録を残すことが何より務め。
緊張しつつも、笑顔でポーズを指示。

12時。挙式のリハーサル。
人前式のため、式の進行がすばやい。
結婚宣言⇒指輪の交換⇒ベールアップ⇒キッス⇒晴れて夫婦に。
主要なところをこぼさず撮影しなければ。

13時。挙式本番。
60名あまりのゲストに迎えられて
ふたりの人前式がはじまる。

二度と訪れない貴重な時間。

手に汗握る一刻一秒の進行。
無我夢中で2台のカメラを交互に使って
ふたりの表情を追う。

ピント・露出、そして最高の表情。
ゲストへの気遣いもお忘れなく。

20分弱で終了。…なんと短いんだ。

撮るべきものは撮れているのだろうか?
振り返る余裕もなく、披露宴に場面が変わる。

13時30分、新郎新婦入場。
高砂までのアプローチ、ゲストの間を歩くふたり。
キラキラと輝く笑顔をふりまく。余すことなくシャッターを切る。

高砂についたふたり。
新郎ご挨拶⇒乾杯の音頭⇒乾杯⇒ふたりへのインタビュー。
次々と式次第が進行していく。
カメラマンは、とにかくこぼすことなくすべてを拾い上げて、撮る。

ケーキ入刀⇒ファーストバイト⇒お色直し⇒再入場⇒各卓巡り。
酒がどんどん消化され、宴もたけなわな浮き足立った会場とは裏腹に、
カメラマンは式次第のふたりをしっかり撮り押さえているか…の冷や汗ばかり。

ブーケプルズ⇒新婦のお手紙朗読⇒ご両親へご挨拶⇒新郎父ご挨拶⇒新郎ご挨拶⇒退場⇒送賓。
畳み掛けるように披露宴は分刻みに進行し、新郎新婦も休む暇がない。
喜怒哀楽がめまぐるしく訪れる。カメラマンはそのひとつひとつを逃さず、撮る。

17時、披露宴終了。ふう。

まったく余裕のないまま、一日が過ぎていった。
窓外の東京タワーがにじんだ赤で浮かび上がっている。

水一滴口に出来ないまま、6時間が経過していた。

Body&Soulふたりの一瞬一瞬に徹した恰好だ。
これからは毎週末、全身全霊でもって写真接客に殉じる構えだ。

爆弾を抱えたカラダで、どこまで走れるか。
まずはここまで来られたことに祝杯をあげたい。

【bozzo】FOODEX JAPAN


3月5日。金曜日。
気まぐれの春日和。気温23度。
シャツにジャケットでも過ごせる。

明治神宮外苑をカメラ片手にそぞろ歩き。
見どころいっぱいで、驚く。何より樹木が深く息づいている雰囲気がたまらない。
これからの季節、木々に若葉が生え、瑞々しい色合いになっていくのが、楽しみ。

      ●

午後4時。海浜幕張に降り立ち、FOODEX JAPANの会場へ。
イベント閉幕後の撤営作業を22時まで。

会場に来るまで気づかなかったが、撤営するブースを見て驚いた。
「久米島の久米仙」ブースが目の前にある。
ボクらが解体するブースは「日本酒造組合中央会」といって、
九州全般の焼酎や沖縄の泡盛をひととおり扱っているところ。

なんてったって「久米島の久米仙」は
沖縄で展示会を実施までしたクライアントだ。
その勉強に…とFOODEXへ足を運ぶように言われた経緯もある。

実際、担当営業は沖縄から自腹でこの会場に足を運んでいる。
展示会の参考に…とビデオもひととおり見ていた。

その会場で、撤去の作業をするとは。

しかも「久米島の久米仙」ブースを目の前にして。
下手したら当時の営業部長や担当営業と顔を合わせてしまう。

ヘルメットを目深にかぶり、作業に集中。
周りを見ないで撤去の指示にひたすら従う。

しかし、感慨深い。

現役だった2年前には想像だにしなかった状況だ。
もくもくと作業に徹していたら、リーダーと思しき若者に
「もっとテキパキ動けよ!」と罵声を浴びてしまった。

縮こまる睾丸。

…ああ。…と天をあおぐ。
この屈辱。テキパキ動こうにも勝手がわからなすぎるんだよ。
心の声が逆ギレしている。

ここは一アルバイトとして、リーダーに従うしかない。

必要以上にテキパキと卑屈な動き。
またもや6時間。身も心もボロボロになりながら、
海浜幕張駅から京葉線で「新木場」駅へ。

駅前の吉野家で「牛なべ定食」を注文、トロトロの牛肉を頬張りながら、
耳にするのはまたもや、Jobimの「LIGIA」。

ああ、LIGIA…。

前回は、このLIGIAで南国の光に思いを馳せて、涙したんだっけ。
今回は、この自分の境遇だけで、トロトロ涙が出そうだよ…。

「もっとテキパキ動けよ!」か。
よく言ってたもんだよな、現場で。

まさか自分が言われるとは、思ってもみなかった。

明日は、ブライダル撮影、いよいよメインカメラマン。
…そっちだろ、気合い入れなきゃいけないのは。

【bozzo】プールでの出来事


3月3日。ひな祭り。
昼間は気持ちよい陽射し。
植物たちを日光浴させる。
ついでに自分も日光浴。

近くのヨークマートが特別ご奉仕セールってことで
時間限定で「生卵Lサイズ10個で98円」
…だから16時に主婦に混じって列に並ぶ。

老若男女血相かえて店内ごった返す。

オイルショックのトイレットペーパーみたい。

      ●

昨日は近くのプールへ。
牡蠣にあたって以来行ってなかった水泳を10日ぶりに。
内蔵が本調子ではないので、だましだまし2キロ泳ぐ。

2キロを何とか泳ぎ切り、充実した面持ちでプールサイドを見上げると、
なにやら寺島進似の地元のオッサンがこちらを凝視している。

下町のオッサン、めぢから強し。

一瞬ひるんで視線を外す。

…と、天からの声。…「もっと伸びなきゃダメだなあ」

心の声か…と、ふたたびプールサイドに目を転じると、
先ほどの寺島進氏が、
ボクに向かって言葉を発していた。

…「ん?」という顔で反応すると、
「いやね、タフな泳ぎしてんだけどさ、伸びが足りないんだよ」

…「はぁ」

すかさずクロールの姿勢をとり、腕を大きくスクロールさせ、話を続ける。
「だからさ、掻こうと思っちゃダメなのよ。伸びようと思えば、自然と手が後ろを掻くから」

…「はぁ、はい」

「大きな動きをしてみればいいの。早く進もうって思わない。前に伸びようとすれば、前に進むから」

…「はぁ、なるほど」

「あの女の子見てごらん。大きな動きしてるでしょ。だけど、早いでしょ。あの伸びがないんだよ、お宅」

…(オタク?)

「あの女の子は、子供の頃から泳いでるね、じゃないと、ああいうゆったりした動きはできないね」

…「そうですか」

「とにかく、今度は腕を前に伸ばすようにして泳いでみな。あとは問題ないよ」

…「ありがとうございます」

「お宅、いくつ?」

…「はぁ、40になります」

「ははぁん、40ね。じゃ、大丈夫。まだまだうまくなれるよ。あきらめなさんな」

…「はぁ、ありがとうございます」

「素直な気持ちでな、伸びだけ考えてりゃ、タフなんだから、大丈夫だよ、うまくなれるって。ガンバんな」

      ●

それだけ言い残して寺島進似のオッサンは、プールサイドからジャグジーへ移った。
きっと、ボクが水面から顔をあげるのを、ずっとサイドから見下ろしてタイミングを見計らっていたのだろう。

ありがたい。

伸びが足りないことをしっかり伝えたかった。
気になって仕方なかったんだな。

更衣室でふたたび寺島進氏に鉢合ったのだが、
シャワールームで再度「伸びが足りない」ことを説かれ、
寺島氏自身、遅くから水泳を始めたようで、
今は53歳で長距離泳ぐことを念頭に置いてる…と身の上話を一方的にされ、
だから「40だったら、まだ間に合う」と締めくくって去った。

東京下町、いいところだ。

【bozzo】Jaime Humphreys


3月2日。火曜日。
3月に入った。温かくなった…と思ったら、
今日はまた冷え込んだ。
昨日より5度も低い。

     ●

昨日はBrazil帰りのイギリス人、
ジェイミ・ハンフリーズとランチをする。

彼はGrupo de Capoeira Angola Pelourinho(GCAP) Japãoという
カポエイラの日本支部に属していて、1月12日から2月11日まで
プラジルのバイーア州にあるGCAP本部へ「修行」へ行っていた。

もともと沖縄で知り合ったALT(Assistant Language Teacher)だったのだけど、
日本のアートシーンに興味があって、今は遊工房アートスペース
アーティストへの交渉・アテンドなどをやっている。

沖縄から東京へ移住した当初は、かなりナーバスになって
精神的にもネガティブだったのだけど、
ボクらが東京へ移住してきたあたりからブラジル行きを計画していて、
身も心も「VIVA!BRASIL!」てな感じで、
今回の渡航は、ある意味今後の自身を占う重要な1ヶ月だったはずだ。

すっかりたくましくなったであろうJaimeは
バイーアでは毎日カポエイラ漬けで朝練・昼練と鍛錬し、
世界遺産の美しい街並が残る小高い丘で、眼下に遠く海を眺めながら、
ポルトガル語生活していたらしい。

行って一週間、豚肉ばかりの食事に飽き始めた頃、
バイーアの小粋なブラジル娘に逆ナンパされ、その後のバイーア生活が
陽射しもがっつり身体に沁むような、きらびやかな光景へ変貌したんだって。

ボクもこうやってポルトガル語の響きが美しいJobimのボサノヴァを聴きながら
ブラジルの光に思いを馳せるのだけど、
小粋なブラジル娘とサルヴァドールの港から船で小島へ渡って
慣れないポルトガル語のやりとりに辿々しくなりながらも、
目の前に拡がる光景は光溢れていて、果物のかぐわしい香り漂う南米独特の夏の空気で、
遠くからはカーニヴァルの練習に熱が入るサンバのリズムが聞こえてきたりしてきて…
…それはもう、セニョーレ、たまらないだろ、なって。

      ●

「今後はどうするの?」
…っていぢわるな質問してみたら、

夏は2ヶ月ほどイギリスに戻って、
その後半年ぐらい、またバイーアへ渡ろうと思うって。

「生活のこともいろいろ考えちゃうんだけどね」

…まあいろいろあるだろうけど。

それでもまた行きたくなる国なんだから、
とことん引き寄せられたらいいんじゃないの…と
半分嫉妬の気持ちも込めて返してみたけど、

そうやって他国へ行ってしまいそうなJaimeが
遠い存在になってしまう気がして
ちょっと淋しい思いがした。

思えば沖縄で知り合ったALTたちは
みんないい奴らで、今じゃ世界に散在しちゃってるけど、
その散らばった点をつなぐように
また世界を巡ってみたい…と思ってしまった。

なんだろうな、この旅へのいざないって。