【bozzo】後半戦、東京。


07月03日、金曜日。
今日も梅雨空。
満員電車で触れ合う
となりの学生の背中が湿ってる、

東京滞在4日目ともなると、
ポートフォリオを見せるのが苦しくなってくる。

既に10人以上のコメントを
対面で聞いてきた。

聴診器を当て病状を指摘する名医のように、
または行列をつくる人気占い師のように、
出てくるコメントは正に的を射ていて、痛い。

その洞察力たるや、感服である。
こちらがカウンセリングを受けている心境だ。

「どのあたりが甘いですか?」
…下手にアプローチしたくなる。

既存の写真集を取り出し、
「こんな写真をボクは求めてるんだよね」
…と、具体的な例で指摘してくれるADもいた。

有り難い。

あと10件。
神妙な気持ちで臨みたい。

【bozzo】朝から雨、東京。


07月02日、木曜日。
朝からしっとり雨模様。
東京は、今日も梅雨空だ。

ゴーギャン展が明日から開かれるに合わせて
滞在中の読書は「月と六ペンス」にしたのだが、驚いた。

「どうしても描かなくちゃならないんだと言ってるじゃないか。
自分だってどうにもならないんだ。
水に落ちたらうまく泳ごうと下手に泳ごうと、
泳ぎ方なんか問題じゃない。
とにかく水から出なくちゃならないんだ。
さもなけりゃ溺れてしまうだけだ」

実業家だったチャールズ・ストリックランドは、
40歳を機に家庭も仕事も捨て、
画家になる決心をし、単身パリに乗り込む。

「しかしあなたは四十ですよ」
「だからこそ、やり始めるのに絶好の時と思ったのだ」

才能じゃない、描きたいから描くのだ…といった動機に
ボクは背中を押される思いだった。
それを指し示すかのように
面会する人たちから、東京移住を勧められる。

コレは…啓示か?
いや、自分自身が選んでいるのだろう。

その熱意が、行動を駆り立て<
さまざまな符牒を呼び込むのだ…と思う。

「我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか…」
ゴーギャン展でその邂逅を楽しみたい。

【bozzo】東京2日目


07月01日。水曜日。
グレイッシュ東京、2日目。

亀戸のコーヒー屋で
スケジュールを確認する。

となりの席では
中国人女性の2人が
雇用について愚痴をこぼしてる。

⇒真意はわからない。
 詩的にアレンジしてみた。

昨日は久方ぶりに世田谷線に乗り、
豪徳寺の焼き鳥屋でカメラマンと呑む。
照明屋さん夫婦も同席。

写真について語り合う。
60代70代のカメラマンが
現役バリバリで元気だ…という結論に。

写真表現は終わっているか?…との質問に、
写真でしか残らないイメージもある…と。

これだけ世の中YouTube全盛で
写真は身近過ぎて希薄になってないか…と返すと、

表現の質は変わるだろうが
その本質は保ち続ける…と。

記憶に留める絶対的な力が写真にはある…と。

しかし、市場がビジュアル氾濫で
混沌としている事実もあり、
今は浅薄な着地点に落ち込んでる。

いつの時代でも「表現」は翻弄されるが、
ホンモノは見極められる…。

自分を見失うな…と言うことか。

本日4件アポ。