【STING】My One and Only Love


The very thought of you makes My heart sing
Like an April breeze On the wings of spring
And you appear in all your splendour
My one and only love
あなたを想うだけで 心が歌い出す
春の翼にのった 四月のそよ風のように
するとあなたの姿が… まばゆい光を放って
かけがえのない あなた

The shadows fall And spread their mystic charms
In the hush of night While you’re in my arms
I feel your lips so warm and tender
My one and only love
夜の帳が降り始め 静けさに包まれる頃
夕闇が神秘の魔法をかける あなたに抱かれ 感じる
唇のやさしい温もり
かけがえのない あなた

You fill my eager heart with Such desire
Every kiss you give Sets my soul on fire
I give myself in sweet surrender
My one and only love
高鳴る胸は 欲望であふれ
あなたのキスは いつも決まって 私に火をつける 
甘い歓びに ひれ伏す私
かけがえのない あなた

The touch of your hand is like heaven
A heaven that I’ve never known
The blush on your cheek
Whenever I speak
Tells me that you are my own
あなたが触れると 私は別世界へ
まだ見たことのない世界へ
私が何かを言うと いつも
あなたは頬を染める
あなたは私のものなのね

You fill my eager heart with Such desire
Every kiss you give Sets my soul on fire
I give myself in sweet surrender
My one and only love
My one and only love
高鳴る胸は 欲望であふれ
あなたのキスは いつも決まって 私に火をつける 
甘い歓びに ひれ伏す私
かけがえのない あなた

【STING】My One and Only Love

      ●

My Foolish Heartと双璧をなす1953年の楽曲。
Sweetすぎる歌詞だけど、Melodyが秀逸だからすんなり入ってくる。

John Coltrane & Johnny Hartmanのバージョンがあまりにも有名。
でも今夜はあえてMal WaldronChico FreemanのDUOで酔う。

ボクが敬愛して止まないふたりのミュージシャン。

ビリーホリディの悲哀を全部しょいこんだMal Waldronと
オヤジ譲りの正統派saxで己のルーツを音楽で探ったChico Freemanと。

映画「ユッスー・ンドゥール~魂の帰郷」では
セネガルのアーティストYoussou N’dourが奴隷売買のルーツを音楽で辿ったが、
ChicoFreemanのsaxに初めて接した時、その雄叫びに魂がぐわんぐわん言ったのを覚えている。

   …根無し草が、ルーツを語る。それはお笑いぐさだな。

「自分はどこから来たか、自分は誰か、自分はどこへ行くのか」
そんなお題を向けられたような、強烈な音だった。

   …男と女の出会いも、…ルーツを探る旅なのかもしれない。

今夜も、切りがないな。

【Tony Bennett】My Foolish Heart


The night is like a lovely tune, beware my foolish heart!
夜は素敵な音楽のよう 
油断しないで 愚かな私の心よ

How white the ever constant moon, take care, my foolish heart!
今日に限って なんて月が白々としているのかしら 
油断しないで 愚かな私の心よ 

There’s a line between love and fascination,
That’s hard to see on an evening such as this,
のぼせてしまうのと愛は別物
こんな晩には 分からなくなってしまうもの

For they give the very same sensation.
感じることは 同じだから

When you are lost in the passion of a kiss.
Your lips are much too close to mine, beware my foolish heart!
夢中でキスしている時
あなたの唇が近すぎる 油断しないで 愚かな私の心よ

But should our eager lips combine, then let the fire start.
でも 二人の唇が一つになるなら 火を付けてしまおう

For this time it isn’t fascination, or a dream that will fade and fall apart,
It’s love this time, it’s love, my foolish heart!
のぼせているわけじゃないのだから 色あせてバラバラになる夢じゃないのだから
今度こそ愛 それは愛なのよ、愚かな私の心よ

【Jazz Standard】My Foolish Heart

      ●

毎日のように桜坂「g」へ顔を出していると、
こんなJazzのスタンダードに酔いしれたくなる夜もある。

1949年の映画の挿入歌がそのままスタンダードナンバーになった楽曲。

高校時代、まだJazzとEasy Listeningの聴き分けがつかなかった頃、
Jazzのオムニバスアルバムを借りて、初めて触れたMale Vocal Number。

Tony Bennettがストリングスをバックに朗々と歌い上げている。

NYの摩天楼がキラキラと脳裏に輝き、
その奥行きある楽曲に、17の青二才が酔いしれた。

歌詞の意味はわからなかったけど、
切ない気持ちはドスンとハートに響いた。

切ない17歳は、締め付けられたチキンハートにきゅんとなって、
照れ隠しのように慣れない煙草に火を付ける。

      ●

鈴木重子のバージョンが本来の姿なんだろう。
恋多きオンナが、わかっちゃいるけど、今夜も恋に落ちる。

男と女の心の襞。
Barの止まり木には、よく似合う。

「Rumをロックで、もう一杯」

いくつになっても、こんな浮き世離れな心情に酔ってる自分が
一番「愚かなりし我が心」なのかもしれないけど。

すっかり、ロックグラスが似合う男になっちまった。

【bozzo】既視感の亡霊


広告の現場を離れて、5ヵ月が経った。
すでに暦は水無月である。

…もう、夏がそこまで来ている。

       ●

かつての朋友が作ったTVCMを
消費者の目線で眺める機会があった。

  なるほど。
     既視感に溢れている。

広く伝えることを生業とする「広告」は
どうしても最大公約なイメージで語られがちだ。

 「どこかでみた」絵の焼き直しになってしまう。

増して、そのジャッジを行うのは
消費者の代表と称する「クライアントの責任者」だ。

クリエイターが絶妙な「既視感のズレ」を呈示し、
消費者のイメージコードから外れたもので
「広告」を生きたモノにしようとしても、

クライアントの「既視感の亡霊」に囚われ、
手足をもぎ取られたような「去勢された」表現に帰着する。

それが常だ。

特にローカルの広告表現は
中央発信の焼き直しの範疇から逸脱できない。

その苦しみの中で悶絶したから、
ボクはドロップアウトしたワケだ。

      ●

しかし、写真表現の深き森に分け入ってあらためて思うのは、
自分が「既視感の亡霊」にどっぷり囚われている…ということ。

クリエイティブディレクションを行うにあたり、
クライアントへ広告表現を説得するときはどうしても
大多数の共通イメージを提示しながら説明することになる。

写真表現を突き詰めれば突き詰めるほど、
自分のイメージコードが、
13年間の広告制作の汚濁に紛れていることを思い知らされる。

    「ウゲっ」

写真をあざとく収めようとする自分がいる。

感じたままを定着する前に、観念が表出してしまう。

      ●

旅の写真が、万人に感動を与えるのは、
やはり理解を超えた絵が素直に切り取られているからだろう。
イメージコードのない事象は、見る者の興味をそそる。

そういった意味で「臺灣」は、
純粋に視欲を満たす絵が多いから
見入る側もおもしろがってくれるのだろう。

「ゆれる。」で構成される女性たちは
そのモデルを知っている人間には、新鮮な要素も多いが、

そのような関わりがなければ、
何処かで見たグラビア写真を素人相手に撮ったもの…と
映るのかもしれない。

自分では被写体との関係性が
そのまま定着できた「新しい写真」として
自信をもって今回展示しているのだが、

やはりまだまだ「既視感の亡霊」が居座っているようだ。

自己を解体する意識。
もっともっと自己に向き合う必要があるようだ。

【bozzo】RBCiradio出演


05月31日午前11時30分。
RBCiradio「台湾に吹くうちな~んちゅの風」出演。

流求茶館で行われている「臺灣」写真展を
告知してもらった。

ラジオから聞こえる自分の意見に失笑しながらも、
青島食堂での服部京子さんとの出会いに感謝。

その後、流求茶館にて
来場された方々のお話を聞く。

実にさまざまな感想、意見をいただき
これまた有り難く思う。

20時、場所を桜坂「g」に移して
ビールを飲みながら、写真家の意見、
デザイナーの感想に耳を傾ける。

      ●

昨日出会った人たちの感想を総合すると、

男性は「臺灣」、女性は「ゆれる。」に
多少なりの共感を抱くような感じだろうか?

「臺灣」は率直に「台湾に行きたくなる」32枚の写真群。
その切り取り方や目線が、台湾に感動している写真家の
気持ちそのままに定着していて、写真表現として面白い。

特に写真を生業とされている方々から
その切り取り方の妙に共感をもたれた。

「ゆれる。」は
モデルとなった女性たちのその表情の配列、
ブルーな色調とスクエアに
次元を超えた永遠性を感じた…との意見をもらった。

桜坂「g」の空間との一体感が、
写真表現を超えた空間演出になっている…との感想も。

やはり女性からの好意的な意見が多かった。

      ●

その写真家に興味を持ち、写真展に足を運ぶ…
これはなかなか労力の要る行為だ。

それだけでも有り難いコトなのだが、

さらに。受けた感想を率直に語ってもらえる…
写真展をやって良かったと思える瞬間だ。

あと2週間、さまざまな感想に、
大いに感化されたいと、思う。