
この週末、いったい何人のお客さんが、このお店に訪れたことだろう。
今まで経験したこともないような大盛況のうちに、2日間の周年イベントは終了。
スタッフの皆さん、大変お疲れ様でした。
これからも「四月の水」をよろしくお願いします。
竹野に住まう舞台写真家の地域自治。

この週末、いったい何人のお客さんが、このお店に訪れたことだろう。
今まで経験したこともないような大盛況のうちに、2日間の周年イベントは終了。
スタッフの皆さん、大変お疲れ様でした。
これからも「四月の水」をよろしくお願いします。

年に数回しか、しかもここしばらくは「四月の水」でしか
ライブは行っていない…のでは?と思えるほど寡作ならぬ、寡出のSKAバンド。
今回は「ちょい不良」テナーサックスも参加しての大団円のライブ。
あの空間、あの狂乱状態で、音の質もあったもんじゃないが、
とにかく大騒ぎのライブだった。
この4月末には、何を血迷ったのか、宜野湾にて
アコースティックライブをやる予定。mofgmonaにて。

毎年ソメイヨシノを沖縄まで取り寄せて、
ライブと合わせたお花見をやろう…と始まった
粋な企画「お花見ライブ」。
ジョビンの”Aguas de Marco”をもじった「四月の水」だから、
四月は始まりの月であり、誕生月なのだ。
ブラジルでは「3月」は夏の終わりであり、
リオのカーニヴァルの終焉であり、大雨の季節だから、
すべてがリセットされる月…再生の月。
「夏にさんざん遊んだり、カーニヴァルでハメを外したり、
浮気したりした出来事を、大雨が上がるのと同時にリセットしつつ、
ちょっと反省して、さあ明日から真面目にやるぞ、と心の中で誓うこと」
そんな意味から見ても、今回の5周年ライブは
リオのカーニヴァル的躁状態で、とんでもない狂乱、狂瀾、競演…そして再生のライブだった。
マウントシュガーがしっとり歌い上げ、
今野英明が貴公子の振るまいで独唱し、
ハナレグモがすべてを鷲つかみに持って行った。
明け方の4時まで、狂瀾のライブは続いた。
…リオのカーニヴァルのようなカタルシスが起こり、すべてが無に帰した。
ソメイヨシノの花びらが、オキナワの湿気に耐えられず、はらはらと舞う。
白桜色の夢心地にさせてくれた、すてきな一夜だった。

なぜだろう。
和気あいあいとしたフレンドリーな感じはなく、
LRT内では常に険しい表情ばかり。
街中で触れるフィリピーノの笑顔も
ホーム内では、厳禁のようだった。

これは、MRT(Mass Rail Transit)と呼ばれる
マカティ向けの列車に乗り換え可能な「EDSA」駅の光景。
昼間でもこのような混雑ぶり。
混雑改善のための車輌追加と路線延長計画があるらしく、
日本の会社が落札したようなニュースがネットにあった。
やはり、日本の技術はアジア諸国で
さまざまなカタチで貢献されているようだ。

LRT(Light Rapid Transit)なるモノレールに乗る。
マニラ市内の主要箇所をつなぐ市民の足だ。
初乗りは10php…およそ20円ほど。
1985年に最初のLRTが完成したらしい。
今では3路線が運行している。
ベルギーが日本の3分の1のコストで落札したとのこと。
⇒さきほど、ネットで調べてみた。
慢性的な混雑で、昼間も列車内は混み合っていた。
日本には特有の構内アナウンスもなく、
車内のアナウンスも言葉少なで、無言である。
借りてきた猫状態で、おごそかに乗り合わしている…
そんな白けた緊張感がただよっている。
車内でペチャクチャ会話がはずむ…といった光景には
お目にかかれなかった。
ひたすら、目的地に向かって、乗るだけ。
デパートと同じように
照明も極度に抑えられているので、
曇りの日には、ちょっとした不安に陥る。
無言のフィリピン人に囲まれているような不安…。
99%、乗客はマニラ市民だ。
観光客が利用している様子は感じられなかった。
だから、こんなカタチで撮影しているのは、かなり目立った。
ついにはガードマンに職務質問を受けてしまった。

ブーゲンビリアである。
フィリピンにも、沖縄と同じ花が咲いていた。
花は魅力的だ。
東京では桜が見頃を過ぎた感じだろうか?
ここ沖縄でも今夜はソメイヨシノを見ることができる。
場所は牧志の「四月の水」。
5周年ライブパーティである。
今野英明がウクレレ一本で
気持ちの良い唄を聴かせてくれた。
ロッキングタイム時代の「いつまでも」「雲の上まで」。
ジャマイカンチューンもメドレーで。
そして、もちろん最後は「息を吸いこんで」。
ハナレグモなる人も飛び入りした。
花見の宴はさらなるヒートアップで、
いつの間にか、…こんな時間だ。
明日は、SKA69も出演する。
ハナレグモや今野英明もいっしょだ。
すごいことになりそうだ。

重厚なる建造物の2階に、
執務室のような部屋があった。
ゲストを招き入れ、
これからのフィリピンを語り合ったのであろうか?
バルコニーへとつながる窓からは
2006年現在の3月の光が注がれていた。
そのコントラストが、歴史そのものだった。
充溢な光につつまれ、白日の許にある現在と、
陰鬱なる暗がりにひっそりとある過去。
どちらも、私たち人間の営みの場所である。
…何か根源に触れたような気がした。

超大な譜面である。
まさか400年前のものではないだろう。
しかし、その重厚さには目を見張った。

2階から教会を捉える。
バロック様式の荘厳さが、
とてつもない重圧となって
信者に降り注がれる。
宗教空間。
亜細亜一と言われるパイプオルガンから
ポリフォニックな旋律が流れ、
もっとも神に近づけ得る場所となる。