【Oct_31】あつまれ〜!ヤキータ!


【あつまれ!ヤキータ!】
2021年10月31日 13:00~16:30
一般1,000円 大学生500円 高校生以下無料


定員/30 人
集合場所/竹野子ども体験村

    (兵庫県豊岡市竹野町竹野3366)

豊岡市竹野町は、兵庫県の最北端の小さなまちです。
関西随一の海水浴場として有名な竹野浜のすぐそばに、
焼板のまちなみが広がります。
曲がりくねった細い路地の左右に、
焼板の家々がギュっと隣り合っていて、
散策のつもりがまるで迷路。
板の焼き具合やススの落ち具合を見比べながら歩いていると
…気づけばあなたも「ヤキータ(焼板文化を愛する人々)」になっているかも?

→「焼板(やきいた)」とは?
スギ板の表面を焼き、家の外壁に貼って使います。
表面に炭化層をつくり、板の耐久性をアップさせる伝統技法で、
まさに先人の知恵。外壁の劣化を遅らせることで家を守ることができ、
気候の厳しい竹野には最適なのです。
竹野浜地域はこの焼板のまちなみが今でも残る貴重な場所です。

→なぜ手焼きにこだわるの?
現在竹野には焼板を焼くことができる職人が少なく、
全国的にも手焼きの焼杉板は入手困難な状況です。
しかし、手焼きは工場で生産される既製品とは違って耐久性が高く、
見直しの機運が高まっています。

→ヤキータ!?
ここ数年、竹野の焼板のまちなみに関して、外部の専門家や学生さんから、
全国的にも希少で価値の高いものとして研究対象としてもらったり、
全国のフットパス愛好家の方々に遥々まち歩きをしに訪れてもらったり、
何かと注目される機会が増え、地域もそれを誇りに思うようになりました。

その一方で、まちなみの中に空き家が1軒、また1軒と増え、
竹野浜の空き家は今では150軒にも上ります。
せっかくの美しいまちなみも、最後に建物だけが残ってしまうと寂しいことになります。
このまちなみが好きで移住する人も出てきて、
なんとかこれを「生きた」かたちで次世代に伝えていきたい、
そんな想いを持ってこのイベントを企画しています。

この度、地域内外関係なく、
この竹野の焼板文化をこよなく愛する人々に
「ヤキータ」の愛称を捧げることにしました。
恥ずかしがらずに名乗っていただいて結構です。
また、今回初めて竹野にいらっしゃる方も、
愛が芽生えたその瞬間、「ヤキータ」となります。

【タイムテーブル】
12:45 竹野子ども体験村に集合・受付(駐車場あります)

13:00 焼板のまちなみ歩き
    ブラタケノ運営委員会による焼板のまちなみ案内でお楽しみください。
     鷹野神社、北前船の船主の家などを見ながら、竹野の風土を体感します。

14:15 地元大工さんに聞く焼板のお話
    焼板はなぜ強いのか、どうやって焼くのか、地元大工さんに聞きます。
     また、移住者から見た竹野風土や林業のお話も交えてトーク形式で進めます。

15:00 炎の焼板づくり
    (今回は約60本のスギ板を焼きます)
     まずは大工さんの実演を見て、
     注意事項をよく聞いてから実際にみんなで焼いてみます。

16:30 閉会・解散

参加申込フォーム
(申込締切10/24まで)

参加表明、よろしくお願いします!
詳しくは→SMOUT!

#photobybozzo

【Oct_08】竹野の大工、北村さんと浪華さん


あつまれ〜!ヤキータ!打ち合わせ@たけのかぞく。
大工の浪華さん&北村さんに竹野焼板の歴史や焼板の手順を伺いました。
昭和42年頃から来た民宿ブームで、海岸線は一挙に焼板一色になったそうな。
それまでは高価なものとして船主さんのお宅ぐらいしか使われなんだと。
半世紀過ぎてちょうど今が焼板貼り替え時期とは!
温故知新なタイミングやね。
#photobybozzo

【Jul_23】竹野は夏、真っ盛り。


竹野はすっかり夏本番。
昼間の喧噪が嘘のように、
夕暮れ時は平穏に帰ります。

今日はなんと、澁澤龍彦さんの養子になられた方が来訪。
北鎌倉のお宅は1987年の面影そのままに保存されているとか。
なんという流れ!思し召しかしら。ビックリしたわ。
#photobybozzo

【Jun_30】ジャジャ山三十三観音菩薩像_30


ジャジャ山三十三観音菩薩像。
【on_Flickr】0602_JAJA

一遍上人の時宗信徒が19世紀、貧窮困憊する世の中を転換すべく、
祈りを込めて一刀一刀手掘りで顕した三十三体の石像。
一遍上人は「凡てを捨て、ただ踊り念仏を唱えよ」と定住せずに全国行脚した人。

「念仏の行者は、智慧をも愚痴をも捨て、善悪の境界も捨て、
貴賤高下の道理も捨て、地獄をおそれる心も捨て、極楽を願う心も捨て、
又諸宗の悟りをも捨て、一切の事を捨てて申す念仏こそ、弥陀超世の本願にはかない候へ。」

念仏を唱えたところで、ふつうに言われている仏の来迎による極楽往生はありえない。
浄土は外部に存在するのではなく、あなた自身の心の中にある。
妄執にとらわれ煩悩にとらわれ、己自身の存在の尊さに気づかぬまま、一生を終える人のなんと多いことか。

「見よ大地よ、自然よ、この生命の氾濫を。あの仔馬を見よ。
全身に悦びを顕して、あんなに跳んだり跳ねたりしているではないか。
鳥だってそうだ。可憐な声を張り上げて、感謝の気持ちを精一杯伝えようとしている。
山川草木ことごとくが、生命の讃歌を歌っているのだ。これが宇宙というものなのだ。
これが大宇宙に生きるモノの実相なのだ。」
(亀井宏著『踊る一遍上人』より)

生きているその事実をそのまま受け入れ、
その歓喜をそのまま顕せ…「踊る」とは、自然との交歓…「合歓」である。
自然と寄り添い、歓喜する…ことが「踊り」なのだ。
ニッポンのダンスの原型を作った人、一遍上人。

ジャジャ山三十三観音菩薩は、その礎の上にある。

#photobybozzo

【Jun_30】ジャジャ山三十三観音菩薩像_19


ジャジャ山三十三観音菩薩像。
【on_Flickr】0602_JAJA

一遍上人の時宗信徒が19世紀、貧窮困憊する世の中を転換すべく、
祈りを込めて一刀一刀手掘りで顕した三十三体の石像。
一遍上人は「凡てを捨て、ただ踊り念仏を唱えよ」と定住せずに全国行脚した人。

「念仏の行者は、智慧をも愚痴をも捨て、善悪の境界も捨て、
貴賤高下の道理も捨て、地獄をおそれる心も捨て、極楽を願う心も捨て、
又諸宗の悟りをも捨て、一切の事を捨てて申す念仏こそ、弥陀超世の本願にはかない候へ。」

念仏を唱えたところで、ふつうに言われている仏の来迎による極楽往生はありえない。
浄土は外部に存在するのではなく、あなた自身の心の中にある。
妄執にとらわれ煩悩にとらわれ、己自身の存在の尊さに気づかぬまま、一生を終える人のなんと多いことか。

「見よ大地よ、自然よ、この生命の氾濫を。あの仔馬を見よ。
全身に悦びを顕して、あんなに跳んだり跳ねたりしているではないか。
鳥だってそうだ。可憐な声を張り上げて、感謝の気持ちを精一杯伝えようとしている。
山川草木ことごとくが、生命の讃歌を歌っているのだ。これが宇宙というものなのだ。
これが大宇宙に生きるモノの実相なのだ。」
(亀井宏著『踊る一遍上人』より)

生きているその事実をそのまま受け入れ、
その歓喜をそのまま顕せ…「踊る」とは、自然との交歓…「合歓」である。
自然と寄り添い、歓喜する…ことが「踊り」なのだ。
ニッポンのダンスの原型を作った人、一遍上人。

ジャジャ山三十三観音菩薩は、その礎の上にある。

#photobybozzo