【Aug_16】『幣原先生から聴取した戦争放棄条項等の生まれた事情について』


鈴木ユキオ『日本国憲法を上演する』@日暮里d倉庫

「相手はピストルをもっている。
その前に裸のからだをさらそうと言う。
何と言う馬鹿げたことだ。恐ろしいことだ。
自分はどうかしたのではないか。
若しこんなことを人前で言ったら、
幣原は気が狂ったと言われるだろう。
正に狂気の沙汰である。
しかしそのひらめきは僕の頭の中でとまらなかった。
どう考えてみても、
これは誰かがやらなければならないことである。
恐らくあのとき僕を決心させたものは
僕の一生のさまざまな体験ではなかったかと思う。
何のために戦争に反対し、
何のために命を賭けて平和を守ろうとしてきたのか。
今だ。今こそ平和だ。
今こそ平和のために起つ秋ではないか。
そのために生きてきたのではなかったか。」

「僕は平和の鍵を握っていたのだ。
何か僕は天命をさずかったような気がしていた。
非武装宣言ということは、
従来の観念からすれば全く狂気の沙汰である。
だが今では正気の沙汰とは何かということである。
武装宣言が正気の沙汰か。
それこそ狂気の沙汰だという結論は、
考えに考え抜いた結果もう出ている。
要するに世界は今一人の狂人を
必要としているということである。
何人かが自ら買って出て狂人とならない限り、
世界は軍拡競争の蟻地獄から
抜け出すことができないのである。
これは素晴らしい狂人である。
世界史の扉を開く狂人である。
その歴史的使命を日本が果たすのだ。」

(昭和39年2月『幣原先生から聴取した戦争放棄条項等の生まれた事情について』平野三郎氏より)

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