【May_22】ギリシャ人は世界をコスモスという語で呼んだ。


ギリシャ人は世界をコスモスという語で呼んだ。
「よく整えられたもの」を意味する。
理性とはまず神の事柄である。
人間にできることは、
自然の秩序に従うことである。
自然の秩序に学び、それに従うのが、
人間の理性というものである。
それとて、常に中途半端で、
間違ってばかりいる。
しかし、だからこそ、
中途半端であるという自覚をもって、
より優れた理性を磨かないといけない。
優れた理性とは、
自分がどれだけ多くのことを知らないか、
ということを正確に自覚するものである。

  (『キリスト教思想への招待』より田川建三)

キリスト教を宗教として色眼鏡で語るのではなく、
イエスから生まれた思想として解きほぐそうとした田川建三の書。
一言一言が平易かつ実直な言葉で綴られていて突き刺さる。
人間は被造物である…というまごうことなき事実を、
77億人のうちの多くの民は体感しているのに、
一部の権力者やエスタブリッシュメントたちが、
大きなカンチガイで、世界を牛耳ろうとしているから、こんな時代になった。

人間の感性は、その人の経験の範囲にしかない。
考えなくともおのずと感じることが出来ることは、
その人がこれまで生きてきて、
自分の中に蓄えてきたことの範囲でしかない。
世の中には、自分が経験しなかったこと、
自分が接することのなかったもの、未知のものが大量にある。
未知のものは、自分の感性の中だけでは捉えきれない、
と知ったら、理解する努力をしないといけない。
それが理性、知性というものである。

そのことがよくわかるのは、
人と人との間の関係である。

感性を基礎にしてつきあって、
その人に対して隣人愛を持つことが出来るのは、
その人をある程度以上よく知っている場合、ないし、
その人と自分が非常によく似た生まれ育ちであり、
今生きている環境も似たり寄ったりというのでないと、
ありえないことである。
まったく未知の人たちに対して、
それもよく知らない他民族の人たちに対して、
温かい関係を築きうるには、
まずその人たちのことを
かなり多く知る努力をしないといけない。

人間どうしでさえ、そういうものである。
ましてや、人間を囲む自然世界に対しては。

  (『キリスト教思想への招待』より田川建三)