【Apr_01】チッソはわたしであった。


そしてチッソとは何なんだ?
私が闘っている相手は何なんだということがわからなくなって、
狂って狂って考えていった先に気付いたのが、巨大な「システム社会」でした。
私がいっている「システム社会」というのは、法律であり制度でもありますけれども、
それ以上に、時代の価値観が構造的に組み込まれている、そういう世の中です。
それは非常に怖い世界として見えました。
狂っているときに、とんでもない恐ろしい世界だと思いました。
このまま行けばその仕組みの中に取り込まれてしまうという危機感があったから、
そこから身を剥がねばならないと思って認定申請を取り下げ、
それ以来、他の患者の人たちにも自分なりの呼びかけ方をしてきたわけです。

   この40年の暮らしの中で、
   わたし自身がクルマを買い求め、運転するようになり、
   家にはテレビがあり、冷蔵庫があり、
   そして仕事ではプラスチックの船に乗っているわけです。

   いわばチッソのような化学工場が作った材料で作られたモノが、
   家の中にもたくさんあるわけです。

   水道のパイプに使われている塩化ビニールの大半は、当時チッソが作っていました。

   最近では液晶にしてもそうですけれども、私たちはまさに今、
   チッソ的な社会の中にいると思うんです。
   ですから、水俣病事件に限定すれば
   チッソという会社に責任がありますけれども、
   時代の中ではすでに私たちも「もうひとりのチッソ」なのです。
   「近代化」とか「豊かさ」を求めたこの社会は、私たち自身ではなかったのか。
   自らの呪縛を解き、
   そこからいかに脱して行くのかということが、
   大きな問いとしてあるように思います。

ですから、水俣病事件の中で、人間を暴き出そうとしたはずだけど
どうも仕組みを作って逃れようとしてきたんじゃないか?
それは加害者側の問題だけではないように思います。
もちろん、同列だとは云いませんが、逆に云いますと、時代はすでにもう、
被害者・患者が問われる水俣病になっているんじゃないか。
私たちは、ここにおられる方々も、ここの外におられる方々も、
誰しもすでに加害性と被害性を持ち合わせざるをえない存在になっている。
ですから、水俣病患者だからといって別枠ではないんじゃないか。
さまざまな仕組みや制度が「人間として」あるいは「人として」という
主体を覆い隠してしまっているんではないかということを申し上げたいのです。

   すでに歴史的な事実として加害者対被害者の構造はありますし、
   政治的な問題としてもありますが、お話してきたように私は今、
   事の本質がそこにあるとは思っていません。
   水俣病事件に限らずさまざまなことをマニュアル化し、
   制度化し、機械化し、そしてそれを「近代化」と呼んできた時代は、
   水銀で侵されたといっても命溢れる水俣の海を埋め立てただけではなくて、
   いくつものごまかしの仕組みを作って制度的、機械的な埋め立てを続けてきたのではないか。

   それは、一言でいえば「詐りの記憶装置」を作ってきたということではないか。

   それによって私たちは、生命としての本質、
   命の本質の記憶から外れてしまったところに来てしまったのではないか?という気がします。
   「命の記憶」を喪失した状態であるがゆえに、
   さまざまな事件が起きているのではないかと思わずにはいられないわけです。